その女アレックス 

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

おまえが死ぬのを見たい―男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが…しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ。イギリス推理作家協会賞受賞作。


 刑事カミーユがアレックスを追いかけて、彼女にまつわる事実・事情を新しく知る(事件の根幹が徐々に明らかになっていく)につれて彼女の見方・人物像が何度も大きく塗り替えられて、彼女の言動や行動の意味合いが変わってくるし、そうして一つの事情明らかになることによってそれまで考えていた事件の様相も大きく変わっていくことに驚かされる。そう大きく何度か見方を変えられることには、興奮させられる。
 だから、読み終えて感想を書く段になって改めて最初の方のアレックスパートを読むと、そこで書かれていたことのその意味合いもだいぶ変わってくる。最後に推理で二転三転するのではなく話が進んで、カミーユが追っていき、事情がわかるごとにアレックスへの印象が変わっていくのでせわしなく印象が変わるのではなくて、各部で印象が大きく変わっていくので、途中でも大きく驚かせてくれるのはいいね。
 三部構成のミステリーだが、一部、二部の終わりでも、それぞれインパクトのあるシーンを配置して、これからどうなるんだと思わせ、ページを手繰る手を止めさせないのは上手いなあ。予想外の展開が次々に起こるのは面白い、事情が分かってくると当初思っていた事件の様相とは意味合いが変わっていく面白味や、今までに見たことのないミステリーという印象を受ける新鮮味。どれも素晴らしい。多くの雑誌等で、年間ベストミステリーとして選ばれているのに深く納得できる、出色の出来の作品。
 カミーユが語り手の刑事組パートと、アレックスが語り手のパートが交互に書かれるという構成になっている。刑事組は低身長のカミーユと巨漢のジャン・ルグエンという身長体重的に凸凹コンビ、尋常じゃない吝嗇家のアルマンと金持ちで自分の好奇心のために警察をしているルイというわかりやすくキャラを立てているのはわかりやすいし、そんなありがちなキャラたてでも書き割り感があるような陳腐なキャラとなっていないのはとてもいいね。
 しかし登場人物の描き方が若干辛らつというか、皮肉気というか、そういうのが微妙に気になる。
 注があってようやく気づいたんだが、これ3部作のシリーズの2作目だったんだね。まあ、そこらへんの事情はカミーユの独白で、どうも背景として語られているだけみたいだし、どうやら1作目は翻訳されてないようだから、順序とかそこらへんは気にしなくていいか。読んじゃったし(笑)。
 判事の『わたしが言うまでもないと思いますが、もう加害者中心の時代ではありません。今は被害者中心です』(P105)という言を見るに、欧州でもそこまで昔から被害者中心というわけではない感じなのかな。もちろん日本はようやっとそれが最近シフトされたって感じだから、日本よりはそう変わったのは大分早いのだろうが(日本の司法が先進国にあるまじき前近代っぷりを晒しておることを鑑みるに)。
 アレックスが単なる被害者でないとわかってから一気に面白くなる。
 一部では当初カミーユたちが追っていた事件が思ったより早くスピーディに終わりそうで、残りのページどうなるんだろう、各部ごとに違う事件でも追うのかと思っていたら、……そうきましたか。
 (以下ネタバレ含む)







 アレックスは、はじめヒロイン的な役回りかと思ったら、容疑者、シリアルキラー、そして最後のアレックスの真実の姿は悲しく同情すべき背景を背負った復讐者へと印象が華麗に変わっていくのは名人芸だわ。こうやって次々に印象を変えていき、大きな驚きをもたらし、最初からかなり盛り上がるシーンが盛り込まれ、驚きどころ、見せ場も各所にあるという見事な作品。それも独創的で、他に見ない形(少なくとも個人的には)でそれをしているのはすごいわ。
 最初に被害者としてアレックスを出して、アレックスパートを交互に加えることで、殺人者とわかっても、それまで彼女に身を入れていたから、急に嫌悪することにはならず、そうした構成でアレックスのことを嫌悪しないようにしているのは上手いな。だから、殺人者とわかった後の彼女のパートでえぐい行いをしていても、彼女個人をそんなに嫌うこともないし、最後に真相がわかったときに素直に同情できる。
 最初のアレックスパート、彼女が犯人とわかって読むと、この世にそれ以外楽しみない厭世的なシリアルキラーに見えるが、全ての事情が明らかになってからから読むとその言葉には悲惨な色合いを帯びていたことを気づく。
 しかし最後にアレックスは巧妙な計略によって、警察すらも騙して、恐るべき醜悪な行いをしていた兄をアレックス自身の殺人によって刑務所に追いやり、その行いを世間に暴露するという最高の復讐をやってのけた。
 アレックスパートを見るにアレックスは自殺なので、殺人については兄は冤罪なのだが、彼が犯人と見られるように入念な準備していたかいがあって、本願を鮮やかに達成。
 見事な手腕を見せて復讐を完遂させたアレックスに喝采を!
 主人公カミーユが犯人アレックスの誘導にのり、最後に事実と異なるアレックスが望んだ結末につながる容疑者をあげて終わるというオチもいいね。というか、ミステリの最後は正解が明かされるという思い込みあったせいか、本当に奴に殺されたと思い込んでいたよ。いや、アレックス視点との齟齬は当然気づいていたけど、実はアレックス視点で表立ってはかかれていない部分に、あるいは見過ごしていた部分があって、誰かに殺されたことが注意深く見れば分かる仕掛けかと思ってね。