サヴァイヴ

サヴァイヴ (新潮文庫)

サヴァイヴ (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

団体戦略が勝敗を決する自転車ロードレースにおいて、協調性ゼロの天才ルーキー石尾。ベテラン赤城は彼の才能に嫉妬しながらも、一度は諦めたヨーロッパ進出の夢を彼に託した。その時、石尾が漕ぎ出した前代未聞の戦略とは―(「プロトンの中の孤独」)。エースの孤独、アシストの犠牲、ドーピングと故障への恐怖。『サクリファイス』シリーズに秘められた感涙必至の全六編。

 文庫化されていたことをすっかりと見過ごしていたので、ようやくの読了。「サクリファイス」「エデン」に続く自動車ロードレース小説(wikiをみたら「サクリファイスシリーズ」と呼ぶようだ)、第三弾で短編集。
 相変わらず面白いけど、ミステリーでもあるから(といっても今回はそうした要素のない短編もあるけど)謎を作るために必要だということもわかるけど、いやがらせみたいな陰湿な行いがされている部分がちょっと苦手で、ミステリーは好きなんだけど、そういうくらい話になるのであればそうした要素がないほうがいいなと思ってしまう。
 自転車ロードレースのプロという実力がはっきりでる、その現実と常に向き合わなければならない世界であるからなのか、この小説の主人公たちは葛藤や挫折、思い悩むことがあっても、どこまでも真剣にそれと向き合っていて、そんな中でもレースの中では彼らはそうした煩悶からは自由で、すがすがしい爽やかさや高揚をもって走っているのがいいな。本書中の多くの短編が、そうしたレースの最中・直後あたりのそうした高揚した気分が残っている中で終わっているので、読後感が概ね良いのはいいね。
 やはりドーピング問題はロードレースと切ってもきれないようなテーマだからか前作の「エデン」に続き、今回の短編集の中でも、最初と最後の短編の中で、それについて扱っている。そうしたドーピングやら、人間関係のどろどろみたいなくらい側面を描きつつも、物語があまり暗くならないのはいいところだ。
 今回は白石が主役でない、日本のプロチームのトップ選手伊庭を主役とした短編「スピードの果て」や、「サクリファイス」で登場したエース石尾の若かりし頃をその先輩である赤城(よく覚えていないが彼もたぶん「サクリファイス」で登場していたように思う)の視点から描いた3作の短編がある。
 「スピードの果て」レース描写が相変わらず面白い、伊庭が吹っ切れて好成績を収めて、それでもまだ満足していない、勝てなかったことへの純粋な悔しさを感じていることに思わずにっこりとしてしまう。
 今回、石尾を描いた三篇の物語を読んで、彼が魅力的な人物であったことを知る。「サクリファイス」では寡黙な求道者という印象ばかり強かったが、子供のような明るい熱中さで純粋に自転車で山を登ること、走ることに、そしてベストを尽くしてどこまでいけるかと言うことに喜びを感じていて、人に憎悪などの強く暗いマイナスな感情を持たないという精神的な清らかさ、あるいは子供っぽい純真さがあり、無口だが献身的な働きをするときも面白がってする。そして、それ以外のチームのことだったり、あるいはプロとして走ることにはまるっきり無頓着、そうした彼のことを良く知ると子供っぽい、明るさや愛らしさを持つ好感の持てる青年という感じで彼のことが好きになってくる。それに赤城と石尾の先輩後輩コンビの関係性はとってもいいなあ。それだけに彼が、死んでしまっているという事実が悲しい。
 こうやって石尾を見ると、ロードレースのクライマーではあるけど、それと同時に登山家という意味でのクライマーみたいな性格を持つ人物でもあるなとなんとなく思った。登山とかそうした話はあまり読まないから、ぼんやりとしたイメージからの連想だから、あるいは頓珍漢なことを言っているのかもしれないが。
 早い晩年にはエースらしい風格も出て、強い勝利への執着を持っていることもあってきついこともいうなどしていたというから、赤城のように若い頃の石尾を知っている年上の人間でなければ、年上の寡黙で勝利への執念が強く、自分にもそうだが他人にも厳しい人間というのは怖いし、恐れられるのも分かる。これでようやく1作目の石尾像に近づいたかな。しかし、こうした世代の違いによる人の印象の違いと言うのは面白いな。