幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語

幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語 (集英社新書)

幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語 (集英社新書)

内容(「BOOK」データベースより)

ワーグナーに愛されたにもかかわらず、音楽史の表舞台から「消された」楽器、ヴィオラ・アルタ。この数奇な運命をたどってきた「謎」の楽器が数十年ものあいだ、渋谷の楽器店の奥でほこりをかぶっていた。ヴィオラ奏者であった著者は、この楽器と偶然に出会い、魅せられ、ヴィオラ・アルタ奏者に転向。欧州を駆けめぐり、なぜこの楽器が消されたのか、その謎を解いていく。一九世紀後半の作曲家たちがヴィオラ・アルタを通して表現しようとしていた音色とはどんなものだったのか。クラシック音楽の魅力と謎解きの楽しさに満ちたノンフィクション。

 音楽家ヴィオラ奏者)である著者は、偶然行きつけの楽器店でその存在を知ったヴィオラ・アルタ。それを最初は講演会(演奏と話を交互にするというもの)での話の種になるだろうと思って、少し手を出したが、その講演会での演奏が好評で、また通常のヴィオラとは違う音色を出していたこともあり、いつしかその楽器に惚れこみ、やがて日本で唯一のヴィオラ・アルタ奏者として(肩書きもヴィオラ奏者からヴィオラ・アルタ奏者に変えて)、その楽器を主に演奏していくこととなる。
 プロの演奏家である著者もその存在について知らず、はじめは子供用のチェロだと思った楽器ヴィオラ・アルタ。その楽器について知ることのできる話は少ないため、著者はその楽器の謎、どうやって生まれ、なぜ廃れていったのかということに関心を持ち、そのことについて調べていくことになる。
 著者が学生だった当時は国内でヴィオラで独奏されていた曲が限られていたが、あるときラジオで珍しくヴィオラによる独奏会の録音が放送されて、その中のヴュータン作曲「エレジー」のロマンチックな曲想に圧倒されて、そこから本当の意味で音楽に向き合うことができたというエピソードはいいなあ。偶然に、あるいは運命的に、見た(聴いた)ある一つのプレイ、曲に衝撃を受けて、何かにのめりこむという話は好きだ。
 ヴィオラ・アルタの音色は聴衆にいつも好評だったが、それなのに忘れられている不憫なものという意識や、そうした音を出すこの楽器を後の時代に伝えようという思いを持ったことで、著者はこの楽器やその謎(何故使われなくなったのか)への関心が強まった。
 ヴィオラ・アルタは19世紀後半にドイツで発明され、ワーグナーR・シュトラウスもこの楽器を賞賛して楽器で、ドイツでは一時期は同じ大きさになる量産体制で作られるほど盛んに作られ、また演奏されていた。
 こうしたあまり情報のないものを、情報を得るための手探りを繰り返しながら、あるいは実物を見たり演奏をしたりした感覚から、徐々に知っていくというのは面白いな。
 ヴィオラ・アルタ、ヴィオラのために作曲された曲とヴィオラ・アルタのために作曲された曲の両方を弾くことができる。そして実はヴィオラの曲の中には。元々はヴィオラ・アルタのための曲だが、現在は短い注釈をつけてヴィオラの譜面として使われているものもある。
 例えばワーグナーの「エレクトラ」は現在は譜面どおりに演奏しようとすると、第一ヴィオラ奏者が途中でヴァイオリンに持ち替えなければならない不自然な場面がでてくるが、ヴィオラ・アルタならば苦もなくその部分を弾けるので、おそらくヴィオラ・アルタを想定していたということがわかる。
 ヴィオラ・アルタで演奏した曲、この楽器の音について、様々な表現を使いながら描写しているのは読んでいて、その曲や楽器のよさや素晴らしさがなんとなく伝わってくるから読んでいてワクワクする。しかし音楽家の方って、音を表現するのに巧みな比喩を使うのに慣れているのか、そうした文章でその音楽・演奏が良いものだと伝わり、実際その曲や楽器の音を耳にしてみたくなる。
 パガニーニとベリオーズによるヴィオラの再発見で、それ以降ヴィオラに難しいパートがあてられたり、あるいはヴィオラの独奏曲が作られていった。そうした時代の流れの先にヴィオラ・アルタは生まれた。
 ヴィオラ・アルタを作ったヘルマン・リッターという人の著書から、ヴィオラ・アルタとはまた別の理想の弦楽器の図面が描かれていたものを名刺に印刷していた。そうしたら、あるとき芸大のデザイン科の先生に非常に関心を持たれ、『実は、私はこれを見ただけで、楽器の音の大きさ、音色、音幅などが浮かんでくるのです。これは秀逸ですよ』(P149)といわれたというエピソードは面白いし、ヘルマン・リッターのすごさがわかる。それにその芸大の先生もすごい。
 同じくヴィオラ・アルタの謎に関心を持ち、ヴィオラ・アルタ奏者となったオーストリアの音楽家スミス氏とインターネットを通じて出会う。それまでただ一人関心を持ち続けていたのがこうやって仲間が見つかったというのは、それだけでなんとなく読んでいて少し気分がわきたつ。そうすれば多少は、よりヴィオラ・アルタをその後に残せる確率も上がるだろうしね。
 ワーグナーナチス時代に「真にドイツ的なる音楽」として推奨され、そのことで現在でも欧米の音楽シーンではワーグナーの音楽を愛しても、ワーグナー人間性に共感してはいけないということがある。おそらくそのワーグナーに愛され、重用され、「ドイツの正当を担う楽器」と太鼓判を押されたことがあだとなり、戦後忌避されるようになり、そして忘れられた楽器となったのだろうという推測が立つ。
 パイプオルガンで、様々な音色を出す大小さまざまなパイプの組み合わせのことをストップと言うが、そのストップの音色がある楽器の音色に近いものには、そのストップにその楽器の名前が付く。例えば、フルート、トランペット、コルネット
 その中には現在では見かけることの少なくなった古楽器の名前を持つストップもあり、ある意味絶滅動物のDNAサンプルを保存するように、昔の楽器の音色がパイプオルガンのストップの中に記録されていることがある。
 かつてバイエルン王が作成させたパッサウのパイプオルガンに、「ヴィオラ・アルタ」のストップを見つける。そしてそこでそのストップの音を聴くシーン、周りにいた人との会話もあって、とても好きだな。