隠蔽捜査

隠蔽捜査 (新潮文庫)

隠蔽捜査 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

竜崎伸也は、警察官僚である。現在は警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲は“変人”という称号を与えた。だが彼はこう考えていた。エリートは、国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はそれに従って生きているにすぎない、と。組織を揺るがす連続殺人事件に、竜崎は真正面から対決してゆく。警察小説の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作。

 現場の人間でなく、エリート官僚である竜崎が主人公というちょっと変わった警察小説。警察が描かれるとなると大体エリートはこの小説の坂上みたいな奴で悪玉にされるというのが通例というイメージがあるから珍しい。それも現場意識があまりない人であるというのがなおさら新鮮。いや客観的に見たら多くのエリートたちよりも現場を重視しているのだけど、本人は現場に対する共感薄く、自分たちエリートがしっかり手綱を握って指導しなければならない存在のように見ている。
 この本は変わった主人公である竜崎の性格・思想を描くことがメインテーマとなって、事件の印象がいまいち薄いというか、それも彼の性格を描かれるための道具となったという印象がある。ただ、人気シリーズであるようなので、これ以降は描かれる事件の面白いだろうから、とりあえず次巻も買うか。
 主人公である竜崎は強いエリート意識があるが、それと同時に高い地位に伴う責務を背負っていることを認識しているのは、高い立場に立ちながらその地位には責任も伴っている自覚がないような「エリート」とは違い、良いエリート意識を持っているある意味理想的な高級官僚といった人物。
 そしてエリートとして優秀さを周りにも求める人。彼は変わり者だけど身内の情にとらわれたりすることない合理性の塊のような人であり、実行力を伴った正論の人。彼は口だけで正論を言ったり、それが通らなかったら仕方ないといってあきらめるのではなく、誤っていると感じたらなんとか状態を能力をフルに発揮してそれを正そうとする、組織を健全に保つために必要な人だ。
 まあ、エリートでない、エリートであってもふさわしい仕事をしていない人間に対しては、怠惰・無能だと大上段から切って捨てるような人でもあるが。
 それでも内心では見下げていても、そうした態度は意識的にか無意識にかは知らないけど抑えているのは、じゃっかんそんな価値観にイラッとくる面は無きにしも非ずだが、これだけエリートで警察組織にとってだけではなく、国民にとっても有能なのだから、そう見下げられても全然許せるけど。
 彼は組織にべったりでなく、その機能が健全で、優秀であることが奉公だという意識があるから省庁、警察に対しても批判的な見解を持っているし、国を守ることが仕事と言う意識があるから楽をするなんてことは重いもよらない非常にまじめな人間。そして上に行って強い権力を握りたいという意識も強いが、それは自身がその権力で好き勝手するだけでなく、この組織を改善するために権力が欲しいと思ってのこと。
 まあ、息子にもそうしたエリートであることを強いて、一流私大に受かったのに東大じゃないからといって、留年させたので、それで鬱憤がたまった息子がヘロインを吸ってしまっていたというのは自業自得というか、家庭人としての彼は息子から見たらたまったもんじゃないだろうな。娘の結婚のことといい、父親としての自分の発言が子供に及ぼす影響力がわかっていないから、こんな事態を招いてしまったのだろうな。
 普段から家庭のことを妻に任せているのだから、子供の進路のことも妻に任せてしまえばよかったのにな。息子が最後に、自首しなさいと父に勧告されたときに、彼に謝ったのも妻の教育が良かったからだということが伝わってくるわ。それだけに竜崎が極め付けに悪い場所で差し出口をしたから、こんな事態が起こったということも伝わってくる(苦笑)。
 警察官が犯人という事件を隠蔽しようと動いていることを知り、それは失策だし正しくないと考えた竜崎は、大人になれという自己正当化のごまかしの言葉を弄する伊丹の言葉を退け、冷静沈着に働き続けて、その決定を既に動いているからとそのままその方向で動こうとしているのを覆す。また、結局はトップの鶴の一声で竜崎が動いていた(隠さず発表と言う当然の)方向に言ったということもあって、当初隠蔽に傾いていたが竜崎の働きかけで、そうした方向に動いていたから首の皮が繋がった人間たちに感謝される。
 しかし息子の不祥事が判明したときから、ちょっとエリート官僚の転落の物語になりそうでちょっと怖かったので、シリーズになっているから大丈夫、シリーズになっているから大丈夫と自分に言い聞かせながら読み進んでいったが、結局破滅とかそんな大仰なことにならなくてよかった、息子のことで左遷のような人事はされて、また事件の隠蔽を防ぐために動いたから坂上の恨みは買ったが、何人もの警察上層部からの信頼も得て、本人的にも署長の地位は一国一城の主でまあまあ悪くないと思っているので、そうした悪くない終わりで本当に良かった。しかし次回は署長になったということで、今回よりも現場のパートが多くなりそうだな。
 しかし解説に「家族小説」でもあると書いてあって、それを見て色々と納得がいった。