暁の兄弟 芙蓉千里III

内容(「BOOK」データベースより)

大陸一の舞姫・芙蓉の名を捨て、パトロンである黒谷の前からも姿を消したフミ。単身向かった涯の地で、彼女は初恋の人―かつて山村という名で出会った胡子(馬賊)の頭領・楊建明と再会する。舞姫だったころのように、誰かの“夢の女”となって生きるのではなく、馬に跨がり銃を手に、自ら夢を切り拓きたい。強い意思を漲らせるフミは、やがて建明の妻として、また胡子の仲間のひとりとして、結束の固い兄弟分たちに認められてゆくが…。


 前巻の終わりでハルビンを出奔して、楊建明(山村)の元に身を寄せたフミ。彼が引き入る胡子(馬賊)の集団で、彼と共に暮らす。今回は、建明や炎林以外にも仲間の馬賊たちも多く登場してきて、そんな彼らの話だったり、馬賊の生活、日常風景が描かれている。そうした馬賊についての話を読んだことがなかったので、彼らの生活のスタイルだったり、生活範囲の驚くほどの広さが書かれているのを見るのは、色々と興味深くて面白い。
 しかし、建明のグループは、裏切りなどによって徒党の人数が減っているとはいえ、現在は十数名あまりと、馬賊とかそういう集団であると思うとちょっと少ないように感じるが、どの程度の人数が普通の人数なんだろうか。しかしフミの合流後も、彼ら胡子の主要メンバーが一人欠け、二人欠けと自由で伸びやかに生きているが、それと同時にシビアな世界だ。まあ、盗賊・アウトローであるのだから、穏やかさとは無縁で当然なのだろうが。
 彼らについて馬は大事なものだから、そうした馬について地の文でちょっとした説明がされているところも結構あるけどが、そうした文章を読むと、どれほど馬が彼ら馬賊にとって親しいものであるかが感じられて面白い。
 しかし今回、出奔して背負うものがなくなったということと建明がそばにいること、そして建明らとしてもひとまず手元に金があるし、しばらくは派手に暴れる心積もりもなかったということもあってか、フミは自由で、生き生きとしているのでいいね。彼らが馬に乗り駆ける大地のように、閉塞感なく、のびのびとしている。
 フミは舞台で踊るということを捨てたことには後悔がなくても、舞自体は身体に染み付いたものだから、舞いたいという気持ちは捨てきれないようだ。
 建明、彼は義理の父から色々と教えてもらったが、同時に彼の嗜好の犠牲にもなっていたという過去があるようだ。炎林もそうした過去があるような感じだし、また彼は建明のことを愛しているようで、またそのことを建明も知っているし別にそれが嫌とも思ってもいないようなので、今回急にそうした小説っぽい雰囲気が増したなあ。
 建明たちは暗殺されそうになるも、多くがその意図を見抜き暗殺をさせず、直接対決となり、奮戦し勝利する。そうした予期せぬ戦闘において、フミは敵に仲間の馬たちが焼き殺されそうになるのを防いだり、人馬一体の神々しいまでの姿を敵味方双方に見せつけながら活躍する。
 この戦闘で、今まで見えていなかった、彼らの馬賊としての仲間意識を強固に持っていて自由であっても、それと同時に仲間を見棄てる現実的なシビアさを持っていることを認識する。そしてフミは単に建明の女でなく、馬賊の一員となることを望んでいたが、彼らの一員となることは自分で相手を殺す、罪をも引き受けることで、トップである建明の女として扱われていたことで、そうした罪からかばわれていたことを戦闘の首謀者である梅香を自ら射殺したときに気づく。
 フミの戦場での姿を見て、正式に(戦場を共にする)仲間となることが認められ、また彼女は仏子という、神仏の加護が厚く、そうした人がいれば部隊は負けないと思われている存在に見られるようになる。
 フミに自覚がないようだが、馬は彼ら胡子にとって最も重要なもので、それを救ったのだから、仲間全てを救ったのと同じことなようだ。
 フミは常に捨て身で保身を考えず前へ進む、それは命を担保にした大博打だが、成功したときの見返りもまた大きく、無意識的に成功できる力があると本能で知っているから、そうした大博打へ迷わず飛び込む。超人的力を全て注ぎ込み、大博打をして、無類な成功を遂げる人間。
 建明はそうしたフミの性質を認識し、少し臆病になっているようだ。それで、炎林やフミの前でちょっと弱さをさらけ出しているなど、彼視点でかかれたものが今までなかったこともあり、謎めいた存在だったのでそうした姿を見るのはちょっと驚き。
 そして炎林に『退屈と一人寝が何より嫌いなあんたが、手慰みにかわいがるにちょうどいい猫が飛び込んできた。少しばかり頭も回るし、使い勝手もいい。適当に飴を与えておきゃいいと思っていたら、本性はアムール虎だったってわけだ。そりゃ怖いよな』(P216)と建明にいっているのをみると、どうもフミが彼のところに飛び込んだ当初は、彼女のことを本気で愛しているのかといったら、それはどうも違うみたいね。
 軍人の碓氷、フミ(芙蓉)を探してくれて、それを黒谷に教えているのは、単なる黒谷への好意だったり、彼女が逃げるのを止められなかった責任感からでなく、彼女の舞に魅了されたこともあるが、それと同時にその舞を国威効用のために使いたいという打算もあってのことのようだ。