わが魂を聖地に埋めよ 上

文庫 わが魂を聖地に埋めよ 上 (草思社文庫)

文庫 わが魂を聖地に埋めよ 上 (草思社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

これは北米先住民の側から書かれた19世紀後半のアメリカ西部史である。フロンティア開拓の美名のもとで繰り広げられたのは、シャイアン、アパッチ、スー、コマンチ、ナヴァホ等の各部族の殱滅だった。白人入植者を友好的に受け入れた彼らは条約という名の謀略で土地を奪われ、虐殺されていった。本書は長くアメリカ史の裏面に追いやられていた真実の歴史を、条約会議の速記録に残された肉声から描きあげた衝撃的なノンフィクションである。

 西部開拓時代の裏面史。主に1860年から1890年の西部「開拓」時代を扱い、その時代のインディアンの歴史が描かれるが、それは同時に彼らに対する白人の幾度となく繰り返される詐術と裏切りの歴史でもある。多くのインディアンの指導者が歴史・伝説となった時代でもあり、インディアンの自由が終わりを告げようとする黄昏の時代。
 しかし1970年の本とは案外昔の本なのね。
 約束しては、それを信じて裏切られるというのが続くので悲惨だ。インディアン側は力の差を認識しているから、あるいは闘争の中で認識するから、そうした約束を信じるしかないのに、多くの約束が瞬く間に破られていき、生存権をどんどんと圧迫されていくのを見ていると、哀しくなってくる。
 騙されるのも、最初のうちは情報の伝達速度が遅くて、そうした情報が浸透していないのか、それとも人間がそんなに邪悪になれるとは想像もしていないのか、幾度となくいくつものインディアンの部族が同じようなパターンで騙されていく。
 西に追われたインディアン。ミシシッピー川の西にインディアンを押し込めるが、その地の所有は認めるという約束をして、法を作るも、効力を発する前にどんどんと白人たちは西に行きそのたびに境界をどんどん西へと追いやっていく。そしてゴールド・ラッシュにより白人たちは、自ら「永遠のインディアン国境」侵犯を正当化するマニフェスト・デスティニー(明白な運命)、ヨーロッパ人とその子孫は宿命的にアメリカ全土を支配するよう定められている、という考え・言葉を考案してその流れは一層加速し、そのスローガンを掲げて侵攻してきた白人たちにより、ついにはインディアンの自由は、「永遠のインディアン国境」は煙のように消えてしまった。
 そんな白人たちの圧力、詐欺、欺瞞、裏切りに耐えかねて決起し、そして敗れたインディアン部族の物語が描かれる。
 ナヴァホ族。作物・家畜を根こそぎにするなど、耐え忍びがたい行いをされるのを見て蜂起するも、戦いに敗れ、次々と自分たちの土地から引き剥がされていく。そして強制移住させられるときの「長い歩み」(ロング・ウォーク)で多くの人が死んでいった。
 サンティー・スー族。はじめは友好的に接していたが、白人の高慢さ、インディアンの女性に対する悪行などがあり、当然関係は悪化する。
 多くの土地(かつて持っていた土地の90%)を手放し、代わりにいくらかの年金を貰っていたが、不作で管理所の交易者につけで食物を手に入れると、その年金から交易者の「言い値」で支払われた。そして、それが明らかに誤っていたとしても、管理所の監督官はインディアンの計算を認めなかった。そのように現場でも、インディアンと接する人間の明白な不正も続いていた。
 交易者が金を騙し取り、食物がなくなったインディアンに草や汚物を食えと言った。そのことで若いインディアンが怒り白人たちを攻撃したのだという事実を説明する言葉を使者をつかい伝えたリトル・クローへの、シブリー将軍の『リトル・クロー、おまえは大した理由もないのにわれわれの同胞を大勢殺した。休戦旗をかかげて捕虜を返送せよ。その時、本官はお前と男らしく話し合うであろう』(P108)という返事は、あまりにも人を人と思わぬ言葉に憤る。しかもこの将軍に限らず、こうしたインディアンを極端に見下した、全く対等にも、人間とも思っていないような実際の言葉が多く引用されて、出てきている。例えば、『本官は、インディアンがもっと苦しむまで平和を望まない』(P149)など。それらを見て、そしてこれが100年ちょっと前で当時文明国といわれ、自身でもそう称していた国の出来事であり、またその言を発した人間が軍隊でそれなりの地位についているという事実を思うとくらくらときてしまうね。
 まあ、どこの国・地域でも文明や野蛮という概念が、相手を侮蔑するのに使われるものだが、この本で書かれる時代のインディアンと白人のように、文明を称している側と野蛮とレッテルをはられている側が、はたから見たらその人間性的に野蛮と文明がまるっきり逆としか見えないのも珍しいのではないか。
 戦闘に参加した全203人を処刑しようとしていたのに、それをリンカーン大統領が実際に殺人を犯したものと、戦闘に参加しただけ者にわけて処刑するのは前者のみに留めるように通告したのに、現地の知事や将軍は全員殺させないことを怒ったというのをみると、それまでの彼らの行い的に当然の反応とも思って暗い笑いを浮かべながら読み薦めてもおかしくないのかもしれないが、それでもやっぱり現在とのあまりの価値観の相違があるので(そして、それが古代・中世ではなく、19世紀という近い時代であるので)一々呆然としてしまう。
 マニフェスト・デスティニー(明白な運命)をお題目にして、いかに多くの裏切りや蛮行を行っていたか。平然と恭順しているインディアンたちを強襲して、女子供相手にも見境のない虐殺を繰り広げて、死体の四肢を損壊するグロテスクな行い、戦利品として頭蓋骨を持ち帰って飾ったりなど一貫して彼らを人と扱わぬ姿勢には怒りと恐怖を覚える。他にもそうした部落への襲撃で子供をとっては売り払うことも行っていたようだ。そうしたことが決して一回の戦闘での、一回の過ちでなく、基本姿勢であり常態であったという実情をみると、これは、その行いを権力が正当化してくれるのならば、いかに人は凶暴・凶悪になれるかという鮮やかな実例だろう。
 恭順していたインディアンたちを虐殺した「サンド・クリークの虐殺」の報が平原に広まったことで、和平・融和派のインディアン酋長らは失脚して、各部族が共同して、インディアン連合軍を結成し復讐戦を行うことになる。
 そしてこの戦いに敗れることで、更にインディアン側は多くの土地の所有権を放棄せざるをえなくなり、それらの土地を得ることこそ、その虐殺を起こしたものどもが狙っていたことであった。
 ロマン・ノーズによる少数のおとりで軍をひきつけて殲滅するという作戦により、戦果を得る。その成功で彼らは自分たちの新しい力に自信を得ることになると、同時に新しい武器の必要性を認識することになった。そして、その後もそうした相手の兵隊を欺き、誘導して、不意をついて攻撃というのを基本戦術を使うようになったことで、白人の軍隊とまともに対抗できるようになる。
 弾薬や銃の供給のあてもないため、有利な場所・間合いで白兵戦あるいは弓矢での攻撃を主としなければならないので、どうしても上手く敵をつり出してというパターンになるが、それを巧みに使いこなして偉大なるワンパターンとして、火力が上回る相手に多くの戦果をあげた。
 1868年。そうした戦術を取り相手を悩ますことで、レッド・クラウドは遂に自分たちの要求を通して戦いに勝つことになる。それが儚い勝利、今後永遠と守り続けられない成果だとはわかっていても、彼らが戦略と勇敢さでもって物量に勝る相手と対等に戦えるようになって、自分たちの要求を通すことができたのは嬉しく思う。こうしてそれなりに対等に戦えている状況は、やっぱり相手に裏切られ続け、いいようにやられている展開よりも面白いよ。そして圧倒的な力関係の格差があるときには、究極的には力で対抗できると証明しないかぎり、対話にすら持っていけないし自分たちの権利を守ることができないという現実の摂理をまざまざと見せ付けられる。
 インディアンの住む地に交通路を作ろうという目論見にインディアンは当然その行動に対してその妨害をする。そして、それをやめさすために来た将軍が、村を焼き討ちして自分たちの力を見せ付け、相手の資源を減らすことで行動できなくしようとし他のだと思うが、その行為は当然のことながらインディアンの怒りを煽り立てて、逆に妨害・排除活動を活発化させた。これらは当然の反応なのに、それすらわかっていない将軍には思わず頭痛が。
 ドネホガワ、白人世界で教養を積んだインディアンで、彼の友人のグラントが大統領に選ばれた際に、インディアンの問題処理のためにうってつけの人材だとして、新しいインディアン総務局長に選任され、初のインディアン出身のインディアン総務局長となった。
 ドネホガワの発案で、レッド・クラウドは首都に赴き、大統領と対談するが、そこで1868年の条約の内容が通訳による説明と違うことを知り、礼儀のため激昂することはないにしても、彼の振る舞いからも相当憤っていることが分かる。(既にインディアンが放逐され、利害が激突していないという事情もあるのだろうが)東部では歓待されるも、西部に帰ってくると舞っている白人は敵ばかり。
 しかしドネホガワ、インディアンがその地位にいることが気に食わない人間たちの攻撃に悩まされ、数年もたたずにその地位を辞任することになる。
 恭順し、平和的に共存が図られている集落でも、『そういう状態がつづけば軍の砦は少なくなり、ひいては戦争景気に水をさされるから』(P314)というくだらない理由で攻撃されることもあり、そうやって恭順しても全く安全が保証されないという現実を見ると、白人のあらゆる行為がインディアンを戦闘にかりたてているようにしか思えないし、現実問題そうだろう。