紳士協定 私のイギリス物語

紳士協定: 私のイギリス物語 (新潮文庫)

紳士協定: 私のイギリス物語 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

1986年、入省二年目の私はイギリスにいた。語学研修に追われる単調な日々の小さな楽しみは、ステイ先で出会った12歳のグレンとの語らいだった。ロンドン書店巡り、フィッシュ&チップス初体験。小さな冒険を重ね、恋の痛みや将来への不安を語りあった私たちは、ある協定を結んだ…。聡明な少年を苛む英国階級社会の孤独と、若き外交官の職業倫理獲得までの過程を描く告解の記。

 何か新潮文庫にあるいつもはこげ茶色のヒモが、黄色のヒモになっていることに読んでいる途中で変わっているのに気づいて何でだろうと思ってググッたら、どうも新潮文庫100周年記念か何かで変わっているみたいで、(たぶん)今だけのものようだ。
 相変わらず、佐藤さんが自分の体験を書き記した自伝的な本は外れなく面白い。ただ、グレン少年との交流がメインで、解説を見ると本書の3分の2は1月半という短い期間の出来事を描いていて、主な登場人物も著者、グレン少年、同期の武藤と3人しかいないから、いつもよりは薄味で、なんとなく児童文学、教養小説的な香りのある本となっている。
 佐藤さんの外務省に入ったあとのロシア語研修に行った英国留学時代が描かれる。
 なぜ、ロシア語研修なのに英国に行くのかというと、当時ソ連はスパイ活動防止のために、資本主義国の外務省からきた留学生にできるだけロシア語が上達しないような特別コースが設けられていたため、外務省ではロシア行きの前に英国の陸軍語学学校でロシア語の基礎を学ぶことになっていた。
 ただ、当然そこでは英語でロシア語を学ぶので、まず英語力が必要だから、その陸軍語学学校に行く前にホームステイしながらみっちりと英語を勉強することになる。そのホームステイ先の子供であるグレン少年(グラマースクールに通う、日本で言えば中学生年代)との交流がメインで書かれている。こうした年の差の友情が描かれているものって好きだな。
 文化の違いなどについての対話がなされる。著者が来たことで日本に興味を持ったのか、色々と著者に話を聞いて、そのなかで疑問に思ったことを質問して、それを聞いて著者が考えるきっかけになって、その真摯な返答を聞いて、また少年も考えるきっかけとなる。という風に互いに成長するいい関係だったみたいだ。
 聡明で孤独感を感じている少年グレンと友人となった著者。著者はグレン少年との交流について同期(キャリア)で英国で少年時代に暮らしていたことがある友人の武藤から色々と助言されたり、英国事情を知っている彼からグレン少年の状況についての的確な説明をされながら、少年グレンを子ども扱いせずに、友人として、対等な存在として扱いながら、成長させていくような役回りとなっている。あとがきや解説にもビルドゥングスロマン教養小説)のような雰囲気もあると書かれているのを見て、ああ、なるほどと納得できる。
 最初は、武藤に北方領土問題について触れられて、著者はどうせそういう問題にタッチできる立場にないから関心はないといっていたが、武藤からはそうなる予感がするという予言めいたことを言われるというのは、回想だから特にそれを書いているというのもあって、それが何回か触れられ、そのたびにいや僕はと関心を示していないのが、なんかその後のことを思うと、運命のころがりかたに面白味を感じる。
 グレン聡明だが、大学に行くことで中層下流から中層上流ないし知識人階級となるが、それが両親との関係などさまざまな点でよいことなのか悩む。
 著者がロシアに赴任してからは忙しく、手紙に中々返事を返せなかった、そんなこともあってかグレンと再会したとき、彼は大学進学をせずに就職する道を選んだ。
 互いに困ったときに助け合うというような暗黙の了解(紳士協定)があったが、それをロシアでの仕事の忙しさで、グレンの大学進学についての真剣な悩みを無視することになって破ってしまった。タイトルの紳士協定は、その暗黙の了解のこと。
 それを破ってしまったということを再会して自覚するというビターな結末。
 時の流れによって、武藤やグレンと仲が悪くなったわけではないけど、かつてのような親密な関係は失われた。それぞれが、かつてのかけがえのない友情を大切に思っているようだということもわかるけど、そうした結末はちょっと寂しさを感じるな。
 あとがき、グレン少年との出会いと別れ、武藤と距離が離れていく物語と書かれる。