ドン・キホーテ 前篇 三

ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

一六、七世紀スペインの片田舎で、意気軒昂たるドン・キホーテが「冒険」を演じているとき、そこには、実は何ひとつ非日常的なことは起こっていない。彼の狂気が、けだるく弛緩した田舎の現実を勇壮な「現実」に変え、目覚ましい「冒険」を現出させる。


 ドン・キホーテが一番暴れていたのは、前半(一巻)だったかな。
 そのあとは登場してくる人物の身の上話。それもおおむね恋愛に関連した話、恋する者の身の上話が多く、また身の上話でなくとも、今回のドン・フェルナンドが宿屋に来た時の一幕なんかがあり、それ以外も恋をめぐるお話が多い印象。だから騎士道物語的(そのパロディ)な話と恋の話の二本柱という印象。
 今回は半ばまで、ドン・キホーテの影が薄い。
 ドン・キホーテは最初の友人の司祭という枷がなく冒険していた(暴れていた)ときに一番インパクトある行動していたけど、彼が登場してドン・キホーテの狂気を説明する役となったことである程度騒動に発展するのが押さえられた。そのせいでドタバタ感は減った一方で、一本調子にもなっていないから別段不満はないけれど。
 ドン・キホーテ、村に帰らせるための方便で語られた「美姫」から頼みという騎士道物語的な事象に興奮して、寝ながら冒険している夢を見て宿屋で暴れる。しかしそこの宿屋の亭主、いくらその(文字通り)夢中の戦いによって、葡萄酒がまき散らされて大損害をこうむっていて、またいくらドン・キホーテが寝ているとはいえ、彼は抜き身の剣を持っているのに、よくドン・キホーテにとびかかって殴りつけるようなまねができたなあ。ずいぶんと勇敢というか向こう見ずというか。
 例の偽りの結婚の約束をしてドロシーアの処女を奪い、カルデニオの幼馴染の恋人ルシンダを奪った、侯爵家の次男と宿屋で思わぬ邂逅を果たす。気落ちしているもそこにいて、ドロテーアの言葉と周囲の説得によって、そのドン・フェルナンドのかたくなな心も和らぎ、一番不幸の少ないおさまりどころに収まる。カルデニオとルシンダ、ドン・フェルナンドとドロテーアがそれぞれ結ばれる。しかし、彼らが修羅場を演じているさなかに、ドン・キホーテが場を荒らして、うまい具合に収まるのかと思っていたら、彼は寝たままで登場せずに自然の成り行き、周囲の説得で上手い具合におさまっていて、なんだかちょっと笑った。
 イスラム世界で捕虜になっていた大尉の身の上話。注や解説を見ると、著者自身も捕虜として捕えられていた時代があったようなので、そうした土地の描写とかも単なる想像じゃなくて著者自身の体験から書かれていると思うと非常に興味深いものがある。
 ドロテーア、ルシンダ、ソライダ、みんな絶世の美人という具合に表現されていて、また3人はそれぞれ劣らぬ美貌うんぬんと書いていて、彼女らが集結しているものだから、その表現が安っぽく感じてしまうな。
 ドン・キホーテに騎士と間違えられて、戦いを挑まれて荷物と(ドン・キホーテがマンブリーノの兜と言っている)金だらいを置いてあわてて逃げた床屋。帰路に偶然の再会、こうした偶然が多すぎる気がするなあ。
 しかしドン・キホーテの友人の方の床屋、座興にしようと、彼もマンブリーノの兜に見えるという風に冗談をいっているが、からかわれている方の床屋以外にもドン・キホーテの狂気にまだ気づいていない客人がいた結果ちょっと騒動に。そして結局、金だらいは(ドン・キホーテに気づかれないうちに)ひそかに弁償してもらったようだ。しかし宿屋の主人、前回の宿の代金までちゃっかりせしめているが、貴様はサンチョの荷物を差押えていただろうに。出立のときに以前にきた人の忘れ物の小説を司祭に渡したのは、そうして余計に金をせしめてちょっとは胸が痛んだせいかな(笑)。
 まあ、この剣に限らず冒険で騒動を起こした迷惑料を、周囲の人が代わりに払ってくれている(もしかしたら神父は後でこっそり家族に請求する可能性も無きにしも非ずだが)などしていて、そうしたことでこの冒険の後の心配が解消されているというのもあるにはあるので、まあいいけどさ。
 ドン・キホーテが村に立ち寄った後に、ヤマから連れ出す方便に使った冒険云々で腰を下ろす暇もなく、進むことを防ぐためか、彼にミコミコーナ姫となのっていたドロテーアと引き離し冒険熱を冷まそうとしたのか、魔法使いの振りして寝ている彼を拘束してそのまま馬車の檻に詰めて、村への帰路につく。
 その間に出会った参事会員に真正面から狂気を指摘され、諭されるもてんで通ぜず、あっさり騎士道物語の理屈で反論して切り捨てる。一切揺らがぬ彼の狂気の根深さよ。
 サンチョ、騒動ばかりのドン・キホーテの旅につきあって『正直な男にとって、冒険を求める遍歴の騎士の重視になるほど楽しいことは、まずこの世にねえってことよ。』(P365)といえるのは、凄く肝がすわっている。しかし彼はドン・キホーテの冒険について話を、結局最後まで気づかなかった、というより嘘と気づき機会があっても(その話が本当だったら報酬があると思っていたおかげか)本当だと信じてたのね。
 ディエゴ・デ・アエード『アルジェの地誌と歴史』、ドンキホーテがとらわれていたころのアルジェの様子だけでなく、当時のドン・キホーテの様子を詳細に知ることができる本ということだから、面白そうで読みたいのだが、翻訳ないだろうなあ、きっと(嘆息)。案の定ないっぽい。
 ドン・キホーテ、捕虜になった経歴からも分かるように、創作に専念するの結構後の方。結婚の約束で女が身をゆだねるのは、男の出入りが激しかった家族(娘や妹)の影響もあるだろうというのは、なるほどね。