青いバラ

青いバラ (岩波現代文庫)

青いバラ (岩波現代文庫)

青いバラ=この世にないもの.その不可能を実現させようとする人間の飽くなき創造への欲求と,バラという美の存在に魅了され,心酔し,これを庇護するロマンの軌跡.バイオテクノロジーの進展が見せる世界は何色か? “日本のバラの父”との対話を挿入しつつ,バラと人間,科学,それぞれの存在の相克をたどるノンフィクション.

岩波現代文庫 青いバラ 書誌データ より)


 遺伝子操作で作られる青いバラという存在に違和感を覚えた著者が、西洋そして日本でのバラの人工交配、育種の歴史だったり、青いバラにまつわる物語、そして青いバラを可能にした遺伝子操作、バイオテクノロジーの歴史というような、そうしたさまざまな歴史について詳しく調べて書かれており、青いバラにまつわる事柄についてほとんど網羅的(少なくとも素人目には)に知ることができる。
 そして、よく語られる一つの青いバラについての伝説的なエピソード「マグレディ家の青いバラ事件」の出典を疑問に思って、探し当てるまで2年近くかかったということが書かれていることからも、著者が丹念に資料を調べている労作であることがうかがえる。あと、バラの育種家コシエ・コルシオという人が中世イスラム世界で植物学者イブン・アルアッワームが12世紀に著書に書いた「根に青い顔料をつけて青いバラを作ったという伝説を引用し、それが1933年の日本、1993年のアメリカ、1999年のフランスなど時代を超えて引用され続けているというのはすごいし、そうしたことは面白いと感じる。
 同著者の「絶対音感」でもそうだったが、科学的な話についても詳細に書かれているが、そうした話一辺倒とならなく、門外漢で理系苦手な私でも楽しめる物語としても読めるノンフィクションとなっているのがいいね。
 また著者がバラについて教えを請うたが、本書が上梓される前に死亡したミスター・ローズといわれた鈴木省三の物語、伝記的な内容も含む。というより、日本のバラ界の第一人者であるので、戦前から戦後にかけての日本のバラ界の話については彼の物語を軸として語られている。
 そして著者と鈴木省三の全5回の対面の様子が描かれているが、回を重ねるごとに体が弱っていることがわかってなんだか切ないような気持ちにさせられる。
 鈴木もかつては多くの偉大な先人同様、青いバラを育種で作ろうと努力した。しかしラヴェンダー色どまりで、コバルトブルーのような鮮やかな色はとてもできなかった。鈴木作のバラ<パステル・モープ>含め、かつて世界の育種かが生み出して青いバラとして売り出された品種がいろいろあるが、せいぜいそのようなラヴェンダー色、藤色、灰色どまりの色。
 青色のバラを題材とした物語、確認できる一番最初のものはギリシアローマ神話で、花と春の女神が愛するニンフが死んだとき、その死骸を不死の花に変えてほしいとオリンポスの神に頼んだ。神々はニンフの死骸をバラに変えて、三人の女神が美と優美と喜びを、酒の神バッカスが香りを、そしてフローラ本人がバラの花弁に色を与えたが青色は冷たく死を暗示する色だから青色を与えなかったという物語。そのように青いバラがないことはそうした神話が作られた時代から意識されており、また、もともとバラが持っている色では1849年の「N&Q」というイギリスの雑誌で行われた議論で既に語られたように、黄色と青は基本的な互いに排除し、黄色いバラがあるということは青色はできないとされるという人もいたし、実際に1960年代になるとバラには青色色素がもともとないということがわかってきた。
 本書では、バラの育種に関係する様々なエピソードが語られていて、そうしたエピソードが面白い。
 青いバラという言葉は、19世紀後半から不可能の象徴として使われ始める。
  サントリーが野生種と交配で開発したペチュニアの新品種<サフィニア>当初は、花の色味が悪いからそんなにうれなかったが、あまり世話をしなくても育ち、病気や雨に強いためその後売上をぐんと伸ばして、サントリーの花事業の主力商品となっている。こうした新しい品種が作られ、その特徴と人気が出た理由みたいな話面白いな。
 青いバラを作るのに、簡単に理解するために単純に青色色素を入れるといっているが、それを入れただけで直ちに青いバラとなるわけではなく、その色素が高濃度で生成される必要があるし、その遺伝子が茎や根や葉でなく「花弁」で作用する必要もある。更に細胞質の液胞のpHが、酸性が強いと赤のニュアンスが強くなってしまうため、紫・青のニュアンスが増すためには中性・アルカリ性でなければならないため、pHを調整する遺伝子を利用しなければならない。また青色色素の成分デルフィニジンが蓄積しても青くならない場合もああるため、女子基礎と呼ばれる成分を合成したり、金属元素と結合しやすい性質のバラであることも必要。その上、それを安定的にバラの遺伝子操作が行える科学的システムの確立もいるということなので、そうしたことを見るだけでも「青いバラ」を作り出すのは単純に青の色素を入れてインスタントにできるものではないということがわかる。
 そして『今の遺伝子組み換えはみんな結果オーライで、千個やってみて三個うまくいったというもので、なぜその三個がうまくいってほかがだめなのかもわかっていない。』(P474)という技術段階ということであるようだ。
 そういうことを知って、今までは青いバラについて簡単に考えていたけど非常に難しく、一筋縄ではいかない多くの試行錯誤が必要となるものなんだなということが、こうした青いバラを作るために必要となる物事の多さを見ると強く感じる。
 『香りの研究では、花の香りの王様はジャスミンで、バラは女王』(P443)という。しかしバラの方が香りの成分が複雑なため研究者が多い。しかしジャスミンが香りの王といわれる花だとは知らなかったな。
 著者が青いバラに違和感を覚えたのは、なんでだと思っていたらクローンとかそうしたものと同一線上にある技術だからこそ、諸手を挙げて歓迎という気分にならないし、思うところあるということか。