雷の季節の終わりに


雷の季節の終わりに (角川ホラー文庫)

雷の季節の終わりに (角川ホラー文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

雷の季節に起こることは、誰にもわかりはしない―。地図にも載っていない隠れ里「穏」で暮らす少年・賢也には、ある秘密があった―。異界の渡り鳥、外界との境界を守る闇番、不死身の怪物・トバムネキなどが跋扈する壮大で叙情的な世界観と、静謐で透明感のある筆致で、読者を“ここではないどこか”へ連れ去る鬼才・恒川光太郎、入魂の長編ホラーファンタジー。文庫化にあたり新たに1章を加筆した完全版。

 「夜市」が面白かったので、著者の他の作品を読んでみようと思い、夜市も短編(中編)周だったから、次も短編を読もうかとも思ったけど、せっかくデビュー作の夜市をはじめに読んだのだから、順々に読んでいこうかと思い2作目、長編のこの本を読む。
 読む前は「夜市」は面白かったけど、長編だと、別の作だとどうだろうという思いがなきにしもあらずで、長編読んでいる途中で辟易してしまわないかちと不安だったが、読み始めてみればそんな不安を抱いていたことがばからしくなるほど、読みやすかったし、面白い。
 読了2冊とも非常に読みやすく、物語の雰囲気も好きなので、きっと他の作品も楽しめるだろうと思える。これで好きな作家、その著者の作なら読もうと作家買いできる小説家が一人増えたことが嬉しい。
 異界にある隠れ里「穏(おん)」で育った少年賢也が主人公。姉が雷季にいなくなってから、風わいわいという超常的存在に付かれる。
 「夜市」収録の「風の古道」もそうだったけど、こうした少年時代の純さだったり、子供らしい感じがちゃんと描写できているのっていいよね。個人的にはそうした描写がしっかりとしているだけでも好きになってしまうくらいだ。
 相変わらず異界の描写が素晴らしい。起こっている出来事的にもっと重苦しい雰囲気となりそうなものを、語り手が過去の出来事について語っているという形式だというのもあるが(そういえば「風の古道」もそうだったか)、穏やかな雰囲気で書いているというのはいいね。この作中で怖いような出来事が起こっても柔らかな雰囲気を保っていて、シリアスになり過ぎない、ジュブナイル・ファンタジー的な(そうしたのよく知らないから印象だけども)優しさあふれる感じの文章の雰囲気に惹かれる。そしてその出来事が教訓じみずに(「風の古道」の結末の文章でもそうしたこと書かれていたが)、ただそういう出来事があったとある意味突き放して、純粋に一つのストーリーとして書かれている感じもいいね。
 異界の描写も夜市とか隠とか、綺麗な理想郷でなく、因習蔓延るというような側面などその場所特有の怖さもあるから諸手を挙げて行きたいとは思わないが、おっかなびっくりとでもその場所を垣間見たいとは思うし、物語の舞台としては魅力的だ。
 里に来る幽霊や化物を追い返す闇番になんか無性に惹かれる。
 こうした現実世界とファンタジーがほどよく融合している感じ、いいなあ。なんというか作者の描く異界は、民話的雰囲気もあるし、子供時代の恐れなどについての想像力をベースにして、そこから発展させてしっかりとした世界観が作られているという印象を受ける。そうした異界描写が子供時代の感性を思い出させるのか、なんだか近くにある、どこかにあると感じられる。そんな風に感じる異界が現代日本とつながっているという設定だし、どこかにあると感じさせるだけのものがある。
 主人公の友人のボーイッシュな少女穂高。友達で、本人も少女らしさと言うよりまだ少年らしさが強い子だけど、それが主人公に対して、キスして、「大人になったらさあ」と言っているのがなんかいいのお。恥じらい見せずに行動で直接的に好意伝えて、それに主人公がまだ子供だからいまいち反応を返せないから、普通に彼女も平常運転に戻るという78-9ページの一連流れがなんか好きだなあ。
 自衛のために反撃して大きな傷を負わせた。相手が名家の人間と言うことで、不当な処刑は免れ得ないだろうと親しい闇番の男にいわれて、彼に勧められ「穏」から出る。追っ手くるもののその人を倒す。そして追っ手たちは、別の因果によって動物に殺されるという結末に至って、現代日本へと行くことに成功。
 途中から挿入された現実パートは、「穏」パートあったからこそあまり不条理、ホラー色が強くなってなくていいね。そしてここで姉とつながるか。それに同じ時間軸かと思っていたので、それが明かされたときちょっとやられたと思ったわ。
 少年の決意とかでなく、風わいわいの因縁や強い思いだったり、あるいは謎の超越的存在(早田)の遊び的な思惑から、最終決戦に赴く。直接戦ってはいるものの、他の人の因縁、縁などの理由でその場にいるという感じで、中心にいるけど局外者っていう風で、後半は彼の物語でなく、姉の物語・風わいわいの物語みたくなっていることや、早田は結局トリックスター的に面白そうになるように盤外で動いているのだろうと推測できるだけで彼のことは描かれないことが、なんか面白いし、ある一人のヒーローみたいな存在を作ってその人のための物語にしないのが、あくまで世界観が真の主役といった感じで、「らしい」と思う。