天平グレート・ジャーニー 遣唐使・平群広成の数奇な冒険

内容(「BOOK」データベースより)

天平の時代、国の威信を懸けた船団が海を渡り、大唐の都長安へたどりつくのは、まさに命がけであった。外交の難しさを噛みしめた帰路、平群広成は第三船を率いるも、嵐に遭い、はるか崑崙国へ流され、仲間の多くを失う。失意の広成は本朝の地を踏めるのか!?若き万葉びとの心意気と苦難が胸に迫る歴史小説

 万葉学者が書いた歴史小説。万葉学というのは正直よくわかっていないけど文学と歴史の境界にあるジャンルと理解していいのかな?
 天平5年(733年)に出発した遣唐使を扱う。その中で判官(大使・副使に次ぐ地位)を務めた平群広成が主役。彼が帰国する際に乗った第三船は帰航において崑崙国に漂流した多くの者がマラリアやその地の者に斃されたが、その後現地の商人の助けを得てに再度唐に戻ることができ、そこで当の官人となって出世していた阿倍仲麻呂に便宜を図ってもらい渤海経由で天平11年(739年)に帰国した。その平群広成出発から帰り着くまでが書かれている。そしてwikiを見てみるとどうやら彼は『古代の日本人のなかで最も広い世界を見たとされる人物である』らしい。
 冒頭の遣唐使を送るための大船を作る木材を伐採する際の自然への畏れを感じるような習俗や感覚など、そうした現在とは異なったものがあるのは、そういうまるで現在とはまるで違う感覚の世界だと感じさせてくれて、その別世界感があるのはいいよね。そうしたのが細かいところで色々書いてくれるのは、そうした描写がリアルな古代を感じさせてくれるから好きだわ。
 また、そうであると同時に良い意味で昔ながらの物語、説話集的という感じで読みやすい。たぶん様々な思惑がありながらではあるものの、崑崙や渤海の王城で歓迎されるなどしていることや、描写の多寡はあるもののそれら2国と唐や日本とあわせて計4カ国の王宮がでてくるということ、その他にも主人公は様々な奇異な体験をすることになるが、物語はサクサクと軽快に進むというのがそうした印象を持った要因かな。
 主な登場人物が知らない人ばかりなのも、かえってそうした世界観を味わう上で好都合かも。もちろん著名な人がでてこないというわけではなく、阿倍仲麻呂吉備真備など古代史に疎い私でも名前だけは知っているような有名人は出てくるけど。
 古代の東アジア世界=中華秩序の中の世界について描写されていることで、当時の日本が色々な面で弱く、辺境であったことを実感させられる。
 それに変に現代的価値観の人がでてあれこれと説教じみたことをいって、臭みを感じさせるようなこともないのも良い。
 遣唐使、高位高官の人は自分や息子が任命されることを恐れて任命されないように運動を行い、中流以下の貴族は熱心に猟官運動を行う。
 2章冒頭数ページの遣唐使のメンバーについてちょこちょこっと説明してある部分、こうした行くことが決まったメンバーの名前とどういう人物かについて書かれるのは、短くしか書かれていなくてもなんだかちょっとワクワクしてくるから、なんか好きだな。
 遣唐使を送るのには国家財政の三分の一が必要だったというのは思ったよりもずっと大きい出費だなあ。まあ、当時の日本はそれだけ国家としての規模が小さかったということだが。
 航海技術が拙く、帰りの積荷を考えて200名が限度といわれているのに大使は600名を選出する。そうやって膨大な人数を積み込んだのが帰りに第三船が崑崙に漂流し、第四船が行方不明となった一つの原因だよな。というか、新羅の一商人の助けを借りたといえども良く行きでは一船も遭難しなかったものだよ。
 しかし当時の国内でも結構普通に金銭が流通していた風に見える書き方は、ちょいと違和感があるな。
 主人公平群広成、宮廷での舞を学ぶことが目的とはちょいと変り種だな。まあ、留学生でなく判官という立場ということもあって、唐にがっつり滞在して学ぶわけではないので結局舞のシーンはあまりなくて、そうした話は楽師を招聘した際に触れられただけに留まったが。
 通訳の秦朝元の留学僧であった父と現唐皇帝が知り合いで、その縁から便宜を図ってもらったというのは小説としてもちょっと盛りすぎって感じ否めないけど、わかりやすい嘘だから(だよね?)史実と区別しやすいという意味ではいいけど。
 崑崙滞在中、互いに当然のこととしてしたことが、妙な誤解を生み、慣習・当地の事情を知らないことで軽率で危険な行動を取ってしまう。こうした行き違いみたいなものはリアリティあっていいな。
 結局第三船の乗員百数十名の中で無事帰国できたのは、たった4人きり。
 唐から遣唐使を保護せよという命令があったが、海賊に多くが殺されたから、崑崙に引き込もうと歓迎しつつ、無理に結婚させて軟禁状態に。唐のそうした指示はおそらく、小説世界で朝元(の父)への皇帝の好意がそうさせたのだろうから、なんとなくこのあたり(崑崙編)が一番創作入っているっぽいように感じるな。崑崙商人によって助け出され、唐に戻り、阿部仲麻呂の仲介で渤海へ行く。渤海には新羅と敵対しているから、日本と友好を保ち、新羅が南にも警戒しなければならなくさせ、来たの渤海国境の兵隊を南に割かせたい。そのため渤海船で彼らを送り届けると同時に日本との国交を樹立させようとする。
 非常に高価で、渤海新羅や日本ではそもそもモノがない香木の全浅香(崑崙の特産)を使うことで唐に来るときにも世話になった新羅の商船に便宜を図ってもらったり、渤海王と天皇に献上するときも代わりに何か便宜を図ってもらったり、そうした超貴重品を使って交渉しているのはなんか好きだわ。