絵巻で読む中世

内容(「BOOK」データベースより)

兎、蛙、猿などの動物が人間くさい姿で活躍する『鳥獣人物戯画』、火事と群衆、庶民の姿を活写した名品『伴大納言絵巻』、徳の高い聖の奇跡を躍動的に描く『信貴山縁起絵巻』―院政期に成立したこれらの代表的絵巻は、当時の人と社会の生き生きとした姿を満載している。登場人物とともに絵巻のなかを歩き観察する「旅」を通して、訴訟、御霊信仰、王権、女性の生き方など、中世への入り口である院政期の時代像を重層的に描き出す。


 文庫にもなっているが、新書版で読了。
 『絵巻の怖いところで、一度、思い込むとなかなかその直感の領域から抜け出すことができない』(P10)絵巻に書かれている主役でない脇の登場人物が誰なのかなどというのは、専門家として注意していても、やはり間違ってしまうこともあるようなものなのね。
 絵巻について、文中で触れている絵を図版で載せながら、絵師の工夫だったり、絵から見える当時の風習・世相について解説している。図があるのはありがたいのだが、図をページを行きつ戻りつしながら見なければならないのと小さなモノクロになっているから見づらくて読んでいて疲れる。
 学習マンガの解説役と生徒役的なAとBの2人が対話しているという形式で、絵巻の解説がなされる。絵巻のストーリー性についてや絵師が飽きさせないためにほどこした工夫などにした表現の工夫などの読み解きは面白い。また、誰だか分からない絵巻に描かれたある人物がどういう人物かについてなどを会話であれこれと議論させているのはややこしいけど面白い。
 本書で扱われている絵巻は「鳥獣人物戯画」(1章)、「年中行事絵巻」(2章)、「伴大納言絵巻」(3・4・5章)「信貴山絵巻」(6・7・8章)。最後の9章は、この物語が絵巻であったらどういう描かれ方をするのだろうかというのを対話体であれこれ議論しながら想像を広げている。
 絵巻は古代から作られていたものの、現代に残る絵巻の多くは院政期以後のもの。
 「鳥獣人物戯画」有名だけど、詞書(ことばがき)という「絵巻の物語の筋,内容を説明した文章。絵の前段に書かれるのが一般的形式」(コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)である文章もないし、錯簡という絵の順番ばらばらになっているというのもあるという欠点もある。
 この絵巻の読み手は、寺院の童と思われていて、絵の上手い僧侶が彼らの楽しみや幼学のために描いたと考えられるそうだ。
 主人公と異なった動きをするキャラクターを出すことで、ストーリーとは別の流れを示すことで、絵巻を単調さから救う。
 「伴大納言絵巻」の作成、御霊の鎮魂の意図があったが、この絵巻は大納言の謀略を暴くという内容である。それは『鎮魂というのは、憤りや恨みを残して死んだ人々の訴えを聞き、取り上げ、その霊を慰めることに目的があるのであって、真相は異なる、ということを語るものではない』(P81-2)からである。
 異時同図、同じ絵の中に同じ人を二人書く手法。
 「平家物語」で平家は14、5歳の童からなる六波羅の禿を使役して京の市井の情報や平氏への批判を集めさせたとあるが、そうしたのは平家の独創で彼らが恐怖政治を布いたということではなく、それ以前に検非違使も広く京の噂を収集するためにそうした童を使っていたのね。
 「信貴山縁起絵巻」『『宇治拾遺物語』や『古本説話集』には同じ内容の説話』(P130)があるなど広く知られた説話を絵巻化したもので、縁起を絵巻化したものではない。そのため信貴山で作られたのではなく、作成後相当な年月経ってから『信貴山に関係があるということで寄進された』(P137)と思われる。
 今昔物語集が『話の連想や連関から説話が配置されている』(P158)というのは、現代語訳の抄録でしか読んでいないから知らなかった。
 『隣接する家からは明り、炭火、食事の用意などの厚いもてなしが行われているが、それにはしかるべき対価が』(P169)必要で、当時の女性の一人旅はなかなか困難なことであった。江戸時代のように善根宿がないのは、やはり当時は豊かでなかったからだろうし、それに当時は貨幣(渡来銭)で津々浦々どこでもそれを使えばという時代ではまだないだろうしね。
 当時(平安時代院政期)『米に富を象徴させてい』て、『米は価値の基準になっていた』(P183)。やはり米を軸とした物々交換。