本好きの下剋上 第一部 兵士の娘III 3

内容(「BOOK」データベースより)

病に倒れたマインは一命を取り留めたものの、その「身食い」の影響は大きかった。完治はできないばかりか、治療には貴族が所有する高価な魔術具が必要という。再発までに残された期間は一年。それまでに家族の元を離れて、貴族と共に生きるのか、運命に身をゆだねるのかの決断を迫られてしまう。限られた時間の中で、マインは「本に囲まれて、本を読んで暮らすこと」を夢見て奔走するのだった。やがて、季節は流れ、彼女の世界が大きく動き出す出会いが訪れる…。少女の夢と家族の愛が試されるビブリア・ファンタジー。大増ページで贈る、感動の第一部完結編!短編集+書き下ろし番外編×2本収録!

 これで第一部は終わりだけど、まだまだweb版の現行の話に近づくにはそれなりのペースで刊行していっても相当な時間がかかりそうだな。現在web版は第四部を連載中だけど1話の分量が違わなければ、徐々に一部あたりの話数が増えていて、書籍化もしているのにかなりのペースで更新されているので今やっている話を書籍化するのは何年後になるのだろうかと思うと若干気が遠くなるな。
 冒頭のフリーダとギルド長のマインの取り込みのために治療に使った魔術具の金額を低く言ってベンノを騙して、そのまま帰らせて、マインに借金を負わせてという策をとる。それはてっきり孫に甘いギルド長がその計画の詰めの甘さを知っていて、そのままやらせたのかなと思っていた。しかし、巻末の書き下ろし短編を見るにギルド長自身、人の感情に鈍感というか、自分に都合のいいことを心の底から他人にも理解されることと思い込めるところがあるのな。
 正直そうした押しの強いギルド長やフリーダに面倒な神経を使ったり、あるいは余命少ないからと考えなしのマインの行動(神殿へ、というか神殿図書館へ入りたいといったこと)であれこれと周囲と自分自身が色々考えなければならなくなったり単純明快な楽しさが少ないから、菓子作りのシーンと、この間の巻末に置かれた第一部と第二部の間の話は読むけどそれ以外はほとんどほとんど読み返してなかった。そのため書籍化が読み返す良い機会となった。
 個人的に第一部をあまり読み返さないのは、ただでさえマインはしばしばポカするというか、軽挙なところがあるので読んでいて安心感がない主人公なのに、第一部はマインの立場が弱く、この世界の知識もなく、拠って立つところがないから、後に安定した地盤が得られるまで上の立場のものに翻弄されたりと一つのミスが破滅につながるから、一回読んでいてもはらはらしてしまうから。しかし改めて読むと家族の絆、特に父親の深い愛情が書かれていていいなと思う。
 まあ、物語を進めていくにはそうした主人公の性質も役立つし、そのおかげで主人公が小さな範囲に収まらないことで面白くなっているのだから、そうしたハラハラ感があるのもいたしかたないことだ。マインが慎重なタイプだったらweb現行の彼女のような立場にはならなかったでしょうし、そんなに色々なことはやれていないだろうからね。
 ギルド長の家の料理人のイルゼ、険のある顔つきでがっちりした体格で、荒っぽい言葉遣いだけど実は優しい人というイメージだったが、実際にイラストを見ると案外優しそうな顔つきで丸みのある体型の人だったのはちょっと意外だったかな。
 ルッツは彼自身の意思で「本気」で商人になりたいということをようやく母に理解してもらい、またその時に職人になって兄たちの風下に立って自分の食事とか持ち物を掠め取られるのが嫌だとはっきりいったため、そうしたことを聞いて母はそれまでそうしたことに気を配らなかったから弱肉強食でルッツが損していたことをわかって、その後兄たちがそうした態度をとらないようにしっかり注意するようになったというのはいいね。ルッツの家庭環境が多少なりともまともになってよかったわ。
 身喰いで身体が持たないことを知り、貴族に飼われることをいさぎよしとせず、そのまま家族の下で死んでいく決意をしていたマインだったが、常識知らずに本を読むために神殿行きたいと思って、新田町にじきじきにそのことをいう。しかし神殿に入るのは孤児と貴族の次男・三男だけで、扱われ方が良くないことも知られていたので反対される。しかし神殿にとって中々有用な人材であるとわかって、貴族階級出身の青色神官には逆らえないので善後策でベンノや両親など周りの大人はなんとか神殿でのマインの扱われ方がよくなるように苦労する。
 しかしこういう時に手を差し伸べ最大限援助するベンノの男前振りが光る。
 マインの家が思っていたよりも裕福そうでないと知って、強圧的で横暴な態度を露にしてきた神殿長に対して怒りを爆発させたマイン。彼女の体から魔力が漏れて、その魔力が神殿長を卒倒し、神官長もその魔力に当てられて口から血を流す。
 その後、神官長は天才的な人物でかなり活躍するのだが、そんな人にすらマインの魔力の圧がダメージを負わせるのか。無抵抗にその前に身体を曝したのかもしれないけど、神官長の凄さを知った後にこのシーンを見ると、マインの魔力量の化け物ぶりがよくわかる。
 そして神官長のイラストもしっかり格好良くていいね。
 エピローグ後に置かれた『それから神殿に入るまで』webでは閑話として置かれている、第一部と第二部の間の短編。どれも面白い。こうしたキャラクターの日常を描いた挿話は個人的に大好き。「コリンアさまのお宅訪問」トゥーリ視点で妹マインの凄さ、知らなかった側面を書く。
 その他の本編でギルド長の料理人にカトルカールという菓子を教えた、続きの話が書かれた短編も面白かった。
 書き下ろし「商人見習いの生活」見習いとしてベンノの店で働くようになったルッツの生活を書いた短編。彼の視点で、今までの生活との違いに戸惑いながらも頑張っている姿、日常が書かれていて面白い。そして実際に見習い生活に入ってみて、マインのアドバイスを聞いておいて良かったと改めて思っているのには思わずうれしくなる。
 「ギルド長の悩みの種」本書冒頭のマインの件も、この書き下ろし短編での過去のベンノの件もギルド長は無理やりにでも恩を押し付けようと画策している露骨に見える。いやあ、ここまで自分の行いの悪い点、悪かった点を省みないことが出来ることだったり、失敗したり他人を傷つけてもあまり反省したり、動揺したり、後ろめたく思ったりしなそうなのは逆に凄いわ。
 まあ、なんというか自分がこのままでも安泰だから、変化を好まないのもあるのかなとも思ったけど、でもマインを狙っていたように新たに自分が開拓して儲けたい気持ちもあるようだし。要するに自分が他人に迷惑かけるのは気にしないけど、他人に迷惑かけられそうになるのは大いに気にする。そしてあたかも自分が迷惑こうむってますと心底思い込むことができる厚顔無恥なタイプなのかなあ。