犬の力 上

内容(「BOOK」データベースより)

メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー。叔父が築くラテンアメリカの麻薬カルテルの後継バレーラ兄弟。高級娼婦への道を歩む美貌の不良学生ノーラに、やがて無慈悲な殺し屋となるヘルズ・キッチン育ちの若者カラン。彼らが好むと好まざるとにかかわらず放り込まれるのは、30年に及ぶ壮絶な麻薬戦争。米国政府、麻薬カルテル、マフィアら様々な組織の思惑が交錯し、物語は疾走を始める―。


 血と暴力の匂いがこびりつく裏社会・世界の裏面での闘争。中南米各国の警察などとずぶずぶの裏組織の連中が薬による金儲けと権力争いにより立身したり破滅したりするさまや、泥に塗れながらも彼らと対決している米国の麻薬取締局(DEA)の特別捜査官アート・ケラーなどが乾いた文体で書かれた小説、面白い。こうした変にウェットな部分のない、純粋に力が支配している殺伐とした世界観の小説はなんか好きだな。
 しかしHONZの「コカイン ゼロゼロゼロ」というノンフィクション本のレビューを読むに、ミゲル・アンヘル・フェリックス・ガジャルド通称〈エル・パドリーノ〉(小説では”叔父貴”ミゲル・アンヘルバレーラ)と呼ばれる人物がメキシコはアメリカと接する国境線が長いことを利用して麻薬を輸送する組織としたことや、麻薬帝国を別の組織に分割統治させて自分はトップに君臨する構想があったこと、麻薬の輸送に警察や軍による襲撃や麻薬の押収が連続して捜査官が拷問されて殺されたが仲間を殺されたDEAが彼を逮捕して牢屋に入れたというところなどは事実をもとにしているのね。
 冒頭、アート・ケラーが一家惨殺の現場に立っているという血腥いシーンからスタート、ケラーは見て自分が彼らを疑わしく見せたからだと自戒するところからスタート。
 麻薬取締局(DEA)の特別捜査官アート・ケラーはメキシコで仕事をすることになったが、前職がCIAということで反感をもたれていて、また父がメキシコ人ということで当時(75年ごろ)遠ざけられていたということがあって、仲間や仕事場の助力が得られずにろくに仕事をさせてもらえないでいた。
 そんな時に現地の協力者を得ようとしていたら、アダンの叔父である後に麻薬界の大物として君臨する「叔父貴」と出会い、彼を「叔父貴」と仰いで彼の下に入ることで仕事に協力してもらい大手柄をあげていく。
 しかしそれは純粋な彼の行為ではなく、麻薬界の大物を排除して打撃を与えることで今まで四分五裂して互いに争いあっていた裏社会の組織たちに互いに協力する流れを作り、また自分が主導者として盟約団(フェデラシオン)の結成を呼びかけ、裏社会の再編をして自分がトップとなるのが狙いだった。そしてその目論見通りに一つの大きな共同体が作られて、自分たちが麻薬を作るのではなく、自分たちは外国の裏組織からコカインなどを輸入してそこから米墨の広い国境線を生かして大市場であるアメリカにそのコカインが売るという形に商売形態が変わった。
 しかしアート・ケラーはそこで上げた手柄で出世して、その新たな商売には目をつぶって満足するような人間ではない。彼はそうして騙されたことに怒って新たな形となったメキシコの組織が密売しているという実態を明かして麻薬流入を防いで、彼らを縛につかせることに執念を燃やすことになる。
 パラーダ司教は、結構高位の聖職者なのに、初登場で銃を撃っているメキシコの連邦保安局(CIAとFBIを足したような組織)相手に銃をとめるように彼らのほうに向かって行っているなど、インパクト十二分な登場シーンはいいね、いいキャラしてる。
 アートは「叔父貴」の甥で彼と出会うきっかけとなった友人のアダンが、ドン・ペドロの居場所を知っているのではないかと思われて、仲の悪い上司の部隊に捕らえられているのを見て、ドン・ペドロという大物の手柄(その男の死体)を与えることでアダンの身柄を開放してもらう。このP85〜のアートと交渉シーン、なんか好きだわ。
 そしてこの事件をきっかけにアダンは一皮向けて、本格的に社会の裏街道を歩むことになる。もちろん下っ端ではなく、叔父貴の身内として、幹部級として入ることになるのだが。
 1975年ニューヨーク。アイルランド人たちが住まう地域でその地を仕切るマフィアに友人を殺されてオ‐バップが殺した奴に対する罵詈雑言をさんざ述べていたら、当人がやってきて脅され殺されそうになったところをオ‐バップの友人カランがそいつを殺す。それで逃げ回ることになるが、そのとき彼が金を貸している連中を書いた手帳をかっぱらっていたことが功を奏し、それで別の組織に自分たちを売り込んで一躍裏社会で立身することになる。そしてそこで彼らはメキシコから来たクスリの商売に携わることになる。
 女子高生だったノーラは高級娼婦として仕込まれて、店に出るようになる。
 1984年、メキシコから麻薬がやってきているが、組織はメキシコの麻薬は壊滅させたと思っているのでアートのその報告を取り合わない。そのため僅かな部下と共に麻薬組織に関する情報を追う。そして叔父貴の隠れ家に密かに盗聴器をとりつけて、そこから得た情報を他の組織に通報することで麻薬の密輸を差し止める。不法な盗聴器設置だったため、仲間にもそのことは言わず、チュパーという通称で呼ぶ情報源がいるよう見せかける。
 相次ぐ麻薬の差し押さえを怪訝に思った叔父貴は誰か密告者がいるのではないかと思い始める。そしてその人物を知っているだろうアートの仲間の一人を捕らえ、そしてその仲間は拷問にあって殺される。その後、アートは暴力を使い荒っぽい捜査をするラモスの協力を仰いで、叔父貴を一旦逮捕する。しかし殺すのを躊躇した(甘さを見せた)結果、そのすぐ後に敵の救援がきて逆に囚われの身となる。そこでCIAが共産主義が広まらないために叔父貴ら裏の組織と協力していたことを知る。そしてアートがこの件を追うことを止めることで手打ちとなる。
 ノーラはメキシコで大地震に会い、そこで自身も怪我していながらも救援活動行う。そこでパラーダとノーラが出会う。
 叔父貴、惚れていて情婦としていた娘が”黄色毛”にとられてから商品の麻薬に手を出して、腑抜けとなっている。
 アダンの弟で粗暴で派手なラウルは、両家の息子たちをその華美さで引き付けて麻薬の商売に引き込む。彼らは通常この地のこうした階級の人間は、アメリカで子供を生んで二重国籍にするので麻薬を国境の向こう側に持って行くのに便利だからそうやって引き込んで大金を得させることで、彼らを運び屋にする。
 カランは普通の女性に惚れて、彼女と添い遂げるために、裏の世界から足を洗おうとして大工の修行をしはじめるが、彼女を交渉材料に使われたことで再び殺人をすることになる。そしてその銃を見られて、そして彼女のためにするのだともいえずにいたので、彼女と別れることになった。
 アートは復讐鬼として再起して、部下の敵討ちのため相当荒っぽい手腕で部下を殺すのに関わった人間一人ひとりを獄にぶち込んでいく。大統領がコカインによる資金提供で紺トラを助けていた事実を脅しの材料に使ったことで、支援を得て叔父貴バレーラの逮捕へ着々と準備を始める。しかしバラーダの他にもまだ牢に入れなければいけない復讐対象の人間がいるが、これでメキシコで荒っぽい逮捕劇をするのは最後ということを了承させられる。
 ノーラその後もメキシコにしばしば来て大司教パラーダと交流したり、孤児院で支援したりする。
 そしてバラーダ逮捕の際に、チュパーの身元(本当は盗聴だから嘘の、であるが)を明かす。それは”黄色毛”だと。自分は逮捕できないから、彼の組織の力でもう手を出せないそいつを処分してやろうと目論む。
 そしてその思惑通りにバラーダは動き、アダンにその指示をする。黄色毛の妻となっていたかつての情婦を殺し、そしてその夫婦の子供らを橋の上から投げ捨てて殺すという惨劇が生まれる。
 しかし冒頭のアートの、後悔しているようなシーンはこれではないにせよ、こうした嘘の密告者を作ったことによって起こった悲劇だから悲嘆しているということだろうな。