モサド・ファイル

モサド・ファイル――イスラエル最強スパイ列伝 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

モサド・ファイル――イスラエル最強スパイ列伝 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

世界最強と謳われるイスラエルの対外情報機関「モサド」。謎に包まれたその実態をスパイ小説の巨匠が明かす。ホロコーストの首謀者アイヒマンの拉致、テロ組織「黒い九月」への報復、シリアと北朝鮮が密かに設置した核施設の破壊、さらにイランの核開発を阻止するための秘密戦争…。命がけのミッションに挑むエージェントたちの姿を通して国家存亡を左右する暗闘の真実を描くベストセラー・ノンフィクション。

 副題からはスパイのすごいエピソードを雑多にとりあげた本であるかのような印象だが、実際はイスラエルの情報機関であるモサドの歴史を、実際にモサドが実行したいくつもの大きなオペレーションを見ながら、知るという内容。
 1章では本書のオリジナル(ヘブライ語)版が発売当時のモサド長官で大きな成果を挙げた伝説的な存在であるダガンについて書かれる。そして2章ではダガン長官が采配した現代のミッション、イランの核開発を阻止するために繰り返す技術者の暗殺や施設の破壊工作していることをとりあげる。そして3章からは時系列でモサドが経験した大きな事件について扱いながら、モサドがいかにして発展して、いかに今日のモサドとなったかというモサドの歴史が書かれている。そして最後の終章では再び現代の問題であるイランの核開発に対する問題について取り上げて、現代に戻り、ぐるりとつなげて終わる。
 各章で、モサドが実行したある一つの大きな作戦について詳細に書いている。そして扱われている作戦は破壊工作や暗殺だったり、よくイメージされる古典的なスパイによる情報収集活動などさまざま。
 他にも生活が厳しかった世俗派の両親が数年子供を超正統派の祖父母に預けていて、その後生活に余裕ができたため子供を手元に返してもらおうとしたら、子供を返さず、そのうち祖父が子供が両親の元にかえって世俗派にならないように超正統派の団体に子供が預けられ、隠された。その子供の行方を追うというものなど、国際事件が主だが、こうした国内の事件も一応ある。これも世俗派と正統派の溝を深めて、国内の安定が損なわれるかもしれないという大事だったようで、そのことは他の戦争とかテロとかと関係する多くの事件の中にこれが入っているという事実でよくわかる。
 モサドの自国の脅威に対して他国の主権を無視して暗殺だったり破壊工作をして徹底的に潰すという手法はむしろ被害者たるイランなどの他国に同情を抱いてしまうが、しかし同時にそうしなければ自分たちの民族は生き残れないという壮絶なものを感じる。実際、国家創設の経緯が経緯だという、自業自得とはいえ周りが敵ばかりで、ホロコーストという民族的・ユダヤ教徒的な災禍を被っているから、国際社会の善意や良識を無条件で信じようとすることはできないというか、以前国際社会がナチスを止められず、連合国が彼らを打ち倒すまでにどんな被害を受けたかという記憶を持っているだけに、そんな利害が自分たちと異なる他国の良識を頼って、彼らが危険を感じるまで待っていたら自分たちが殺されてしまうというような感覚を持っているというのもわからないわけでもないが。他の国なら強迫観念にとらわれているとか、神経症的だといえるのかもしれないが、民族の歴史があるからある程度理解できる。まあ、アラブ世界の人から見れば、平然と暗闘を仕掛けてくる侵略者であるのかもしれないけど。
 まあ、色々あるだろうからよく知らないのにこれ以上、浅薄な知識からこうして変に理解を示したり、わかった気になるのはよしておきますが。
 そうした徹底的な自力本願、自分たちで自国を守るという気概が充満しているからこそ、こうした情報機関が市民に広く受け入れられていて、また危険を顧みず敵地に少数で侵入して暗殺や破壊工作などの犯罪をこなすという大胆不敵な作戦に従事するエキスパートが大勢いることにもそうした理由があるだろうな。
 しかしモサドは誤って別人殺したこともあるようだが、基本的にはピンポイントでイスラエルにとって危険となる人(それはテロリストであることもあるが、単にイランの核開発に従事している科学者ということもある)を暗殺しているし、その他にもイギリス軍のエジプトからの撤退を防ぐためにしないで爆発事件を幾度も起こすことでエジプト政府の統治力なしと思わせてイギリス軍をよびもどそうとしているので、そうした規範があるから何とかテロリストと区別できなくもないかもしれないけど、本質的には変わらない気もする。まあ、最初にイランの科学者殺しのエピソードを読むもんだから、そう感じたということもあるかもしれないけれど。
 それにテロでも、それならそれで互角な生死をかけた戦いとなるからいいんだけど、そうしたことや外国での違法な情報収集(スパイ活動)や作戦の実行などかなりダーティーなことを沢山しているみたいなのに、モサドは正義だというのが前提にあるのはちょっと違和感あるな。まあ、多くのモサドにいた、いる人たちにインタビューしたということもあってしかたないのかもしれないけどさ。
 それだけではなく、それもイスラエル国民が彼らの活動によって自分たちの安全が守られているという強い意識があるからかもしれないけど。
 ダガン、若かりしころは優秀な特殊部隊の隊員だったようだ。会議室の人ではなく、現場からの叩き上げか。長官時代には、シリアの首都でヒズボラ最高幹部を暗殺し、シリアの原子炉を破壊し、イランの秘密核兵器計画を徹底的に叩きのめすなど大きな作戦を采配して成功させた。
 直接作戦に従事した人たちだけでなく、折々のモサドの長官についても結構色々と書いてある。
 『クロロホルムを浸したスポンジが顔に押しつけられ、イズラエルはぐったりと眠りこんだ。』(P95)クロロホルム、ハンカチとかだと効果ないという話はどっかで目にした記憶はあるけどこうしたスポンジとかならちゃんとイメージどおり相手を眠らせることできるのね。
 フルシチョフの演説を入手したエピソードはいいね。ポーランドユダヤ人ヴィクトルが偶然、恋人のデスクの上にフルシチョフの演説を見つけて、彼女からそれを借りて、読んだ後イスラエル大使館にそれを渡してコピーさせた、スパイでもないのに気まぐれに見えるそんな行為をした。そのため誰もが予想外で、入手したことを聞いたシャバクの長官が驚いて、怒鳴ってすぐもってこいといった話とか、英米仏の情報機関が入手できなかったものを、イスラエルの小さな情報機関が入手したことにアメリカの情報分野の専門家(CIA)は度肝を抜かれたという話とか、いいね。
 ヴィクトルはその後にイスラエルに移住して、その後ソ連からスパイにならないかと誘われた後、彼はモサドに相談に来て、モサドは彼を二重スパイにしたて、イスラエルの嘘情報を流していたにもかかわらず、優秀なスパイとして勲章を与えられたというのは面白い。
 上でも書いた、超正統派の祖父に預けた子供が、調整等は組織の手によって隠されたという話。モサドでもかなりの期間、彼の居場所がつかめなかった。そして『この事件でモサドは、アメリカとヨーロッパ全土に広がる超正統派秘密組織網は、世界最高の情報機関に匹敵すると認識した』(P187)ということにかなり驚いた。
 この本はイスラエルの安全保障に大きく貢献してきたモサドを賞賛するという内容。そのため敵対組織とか、イスラエルの核計画を新聞社に売ったヴァヌヌには大分とげとげしい。
 17章、毒殺作戦が稚拙な失敗をして露見。友好国ヨルダンでその作戦をしたため、当然ヨルダンは激怒し死に瀕している彼を救わなければ、政治的・軍事的協力関係は終わりと通達して、その男を殺そうとしたイスラエルが彼の命が助かるのを願うという奇妙な展開になっていて面白い。
 それに正直他国で好き勝手やっているのには、そうした情報機関を持たないからかもしれないがちょっとムッとするから、こうして彼らが痛い目を見るのは思わずニヤリとしてしまう。まあ、イスラエルには国民がテロにあっているという現実もあるのであるならば、あるいは西欧諸国のようにテロの脅威が身近ならば、そうした荒っぽい手わざも許容されたり、その行動を賞賛するのは、ある意味自然な心の動きとしてあるのかもしれないな。
 しかし結局その男は生き残り、この事件が一つのきっかけとなり、その組織内で出世することになったようだ。
 解説、モサドの正式名称は『イスラエル秘密情報部(ISIS)』(P503)というのは、たまたまだが、イスラーム国(ISIS)と一緒でなんだか皮肉。
 『欧米の多くの情報機関が通信傍受や衛星写真など擬欝的な情報収集に重きをおく時代に、モサドはいまだ旧来のスパイ活動による情報収集を続けている。これがモサドの最大の特徴であり強みでもあるのだ。』(P504)