犯罪

犯罪 (創元推理文庫)

犯罪 (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の末っ子。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。―魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。弁護士の著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの真実を鮮やかに描き上げた珠玉の連作短篇集。2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いた傑作!


 各篇20〜30ページの短編が11編収録された短編集。単行本のときから気になっていたので文庫化してくれて嬉しい。そして読んでみたら期待にそむかぬ面白さだったから、なお嬉しい。
 短編って苦手意識あるけど、これは文句なしに面白い。今回読んで一気にファンになったわ。このスタイルで書き続ける限り、この作家を今後ずっと読んでいこうと思わせる素晴らしい短編集。
 どことなくノンフィクション的なスタイルの文章で、弁護士である「私」が関わったある事件について出来事(事件)の周辺の事情を客観的に書いていく。描かれる事件は道徳的には犯人(スポットのあたった人物)に同情できるケースや事件にはならなかったけど罰するべき人もいるのではと思わせるケースなど単純には、形式的な判断だけでは裁ききれないようなケース、数奇な事件を扱っている。そして弁護士である「私」はプロフェッショナルとして仕事をこなして、正義の追求なんてものではなく、あくまで依頼人を守るために動いている。
 そして各短編では、事件が起こした人の(というより単純な悪人とは異なるため、スポットの当たっている人物)のプロフィール(背景)や、事件前の事情だったり、事件の経緯などを簡潔に淡々と描くという特徴的な小説の形式。そして数奇な事件を扱い、その事件を変に理解できるように、わかりやすい物語に整理・解釈をしないことで『罪を犯す人間の複雑な心理を描く』(P276)。
 また、各ケースで事件終結後にエピローグ的な、その後の話が付いているのはいいな。特に同情できるようなケースの場合に、救いのあるそうした話が付いてくれているので、ほっとする。
 謎解き的要素などのある、いかにもミステリーらしい作品はなく(「サマータイム」は例外)、あくまで事件を通じて人間を見、そして事件に至るまでの経緯を見る。しかし解説にあるように謎が全くないというわけではなく、「人が生きる上で犯した罪が、必然的に抱えている不条理さ、いわば人間の本質的な謎」「人間の心理の謎」という「謎」が書かれている。
 そして事件を起こした人のそれぞれ色合いの全く異なる人生(体験)、それによって異なる見えている現実世界と、彼らのキャラクターを見れるのは非常に面白い。
 「フェーナー氏」善良な人が罪に至ってしまう経緯を簡潔に描く。生涯彼女を捨てないとの誓いを守ろうとして、何十年も超人的な我慢を重ねたが、耐え切れずに最終的な行為に及ぶ。しかしそれでもその悪妻を愛していた、愛していると毅然と言えるのには、不思議さと同時に畏敬の念すらわくよ。『誓い』を極めて重く置いた非現代的な心情が生んだもの。
 「タナタ氏の茶盌」裏社会が色々書かれているが、他に各階級の社会が同じ短編集の中でこういうところが書かれていることで、そうした世界が別世界(半ばファンタジー)のものと一線引く感覚にあまりならずリアリティーを感じる。そのため一つの国の内にある世界の多様さを改めて意識させられる。
 「ハリネズミ」犯罪一家に生まれ、株式で生活しているイマド。逮捕された兄を救うためうまく偽証して、裁判所を煙に巻くというのは面白いな。

 どの短編も味わい深く、20〜30ページという短さにもかかわらず各短編で主役となるキャラクターがしっかりと描かれているし、事件とその心理も興味深く、エピローグ的な余韻のある終わりの挿話もついていて非常に面白いし好きだわ。