アブサロム、アブサロム! 上

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

九月の午後、藤の咲き匂う古家で、老女が語り出す半世紀前の一族の悲劇。一八三三年ミシシッピに忽然と現れ、無一物から農場主にのし上がったサトペンとその一族はなぜ非業の死に滅びたのか?南部の男たちの血と南部の女たちの涙が綴る一大叙事詩

 初フォークナー。以前から気になってはいたけれど、読みづらいという情報も見ていたので、なかなか手が伸びなかったがようやく読み始める。
 それと、小説中のこの人物は著者の別の小説での登場人物という注が結構あるから、かなりフォークナーの小説は作品世界がかなり密接に繋がっている感じなのかね。そう思ってwikiを見たら、彼の作品群は「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれて、登場人物再登場で相互に結び付けられているとある。まあ、それも知らなかったくらいになんとなく有名な小説家であるとか米南部を舞台にした小説を書いているとかいうくらいのアバウトなイメージしかなかったわ。
 冒頭の「主な登場人物(上巻)」で、主要登場人物について数行ずつ説明されていたり、また同じく冒頭にある「各章の語りについて」で誰がいつ、どういったことを語っているのかについての概略が示されている。そうして各章が時系列順に流れているのでない(具体的には上巻の5章までで1→5→2→3→4となっている)から、どういう順番でいつ語っているのかと混乱することがなかった。それに、わからなくなったらここを読めばよいという安心感を与えてくれるので、途中でわからなくならないかと怖気づくような気持ちもなくはなかったから、ありがたかった。
 それからページの左上に何章を見れば、何章かわかるようになっているという気遣いが地味にうれしい。
 そして一文が長く、多くの修飾語を用いた文学的な入り組んだ表現が多くて、そうした意味での読みづらさはあったけど、筋が追いにくいとは感じはなかったので、少し遅いペースではあるもののとりあえず上巻を読み終えることができた。

 しかしその「各章の語りについて」がなければ気づかなかっただろうけど、上巻での話はクエンティンという若者(フォークナーの別の小説「響きと怒り」に登場する人物)が、かつてのサトペン家の興亡についてサトペン家の親戚であるローザと、父から1日(!)で聞かされている内容なのね。そのクエンティンは南北戦争以前の、語られる物語と同じ空気、地続きの世界観で生きている。だからこそ、登場人物紹介でもあるようにその後すぐ死ななければならなかったのかな。「響きと怒り」は読んでいないから確かなことはいえないが、そんな感じ。
 扱われるサトペン家の物語は、南北戦争をまたいだ物語で、その戦争後に決定的に没落はじまる。それ以前の「南部」が主役という感じ。そうした北軍に敗れたことで歴史の墨に追いやられていく南部のある時代を舞台とした神話的な物語。
 この物語の舞台となる土地ミシシッピ州ジェファソンにある時ふらりと文字通り身一つでやって来た悪漢、トマス・サトペン。彼のそれ以前の来歴は誰も知らない。まあ、上巻ではあかされないけど、「主な登場人物(上巻)」とか「解説」に書いているけどね(笑)。そうした彼とその家族の物語の二代にわたる物語はこの土地で始まり、この土地で幕を閉じた。宿命付けられたような破滅、悲劇で終わったサトペン一族の物語。
 サトペン、自分の家の黒人同士に殴り合い、あるいは自分がそうした黒人と戦っているのを近隣の男たちに見せていて、それは男たちの間の公然の秘密であり娯楽であった。この後者のシーン(P58あたり)は、よく引用される有名なシーン。
 サトペンの二人の子供たちは容姿も似る。特に娘のジュディスは父の荒々しい性質を受け継ぐ。幼い頃から、黒人に教会まで馬車で行くときその馬を疾走させたり、あるいは上の父と黒人が戦っているのを平然と見ていた。
 サトペンが身一つで最初に街にやってきたときは、おごられてもおごりかえせないからバーに行かなかったというエピソードを見るに、貸し借り関係かなりきっちりしていて、相手に仮を作った状態で居るのが嫌いなタイプ。
 インディアンを騙して良い土地を買ったり、そこに立派な家を建てるごとに全財産投入する。そうして一つ一つ立派なものを作り上げていくが、家を作った段階では金がないのでまともに服もなく家具もない。そこに虚栄心、なんとしても自分が自分のために当座の不便を意に介さず立派なものを作り上げるのだという強い意思が見える。
 サトペン、エレンとの結婚前にその父グッドヒュー・コールドフィールドと組んで何某かの商売をして、彼を儲けさせた(結局、コールドフィールドは評判を気にして、金を受け取らず寧ろ存した身代だが)。そのことで街のものは彼に怪しげな商売をしている胡乱気な奴だという印象強め敵意をもたれる。その商売、気になる。結局コールドフィールドは得しなかったが、サトペンにとっては、ある意味それはエレンと結婚(愛とか見た目とかではなく、排除されない程度にこの地での信頼を得るためにサトペンは、お堅く謹厳実直なコールドフィールドの娘であるエレンと結婚したかったようだ)するための代価のつもりだったのだろう。
 チャールズ・ボン、粋で礼儀作法がきっちりしている都会的・上流階級的な雰囲気のある美男。ヘンリー・サトペンの大学の友人で、ジュディスと婚約。ライヴァル意識を持つ兄妹。ヘンリーはボンを愛していた、ボンはヘンリーやジュディスを媒介にして田舎びた時代遅れの場所を愛していたようだし、ヘンリーが居なければジュディスをほしいとは思わかっただろうということだ。ホモ・ソーシャルな世界観というか女性(ジュディス)を介して二人の男が関係を築く。誘惑するボン、されるヘンリー。
 ボンとヘンリーの二人は南北戦争に南軍として従軍。神が悩ましい問題を死で解決することを願った。そして軍ではボンは上官になったが、ヘンリーはその期間を彼を見定めることに費やし、ボンもそうされていることをわかっていた。互いに暗黙に了解した監視関係。わずかな期間しかあっていなかった、たった12日で一日1時間ほどしかあっておらず長いブランクがあったのにジュディスが彼との結婚を固く決意していたわけはよくわからないな、そう他人には映ったというというわけではないのかな。まあ、彼女は父親譲りの気質でほしいものならどんな手段でも手に入れただろうといわれているから単純に何としても手に入れたいと思ったという可能性もあるけど。
 しかしジュディスが母の墓の隣にボンを埋葬したというが、それを語り手ミスター・コンプソンは愛ゆえと解釈しているが、実は真実を知ってそっちの理由でなのかどっちだろう。ちょっと気になる。いや、知らなかっただろうとは言われているが、下巻でひっくり返されるかも知れんので。
 チャールズ・ボン、8分の1黒人の血をひく愛人と16分の1黒人の血をひく息子がいた。南部のどこかの州の法律で、それでも「黒人」とされ、奴隷身分となって彼はその愛人をそう扱っていた。ヘンリーはその事実やそうしたボンの退廃性を好むところを知って、しこりを覚える。
 南北戦争後、家に戻ってから、ヘンリーはボンを撃ち殺した後自殺する。しかし、このボンとヘンリーの物語は美しくて、なんか好きだわ。
 その出来事の後に南北戦争後の生活環境悪化もあり、ローザは年上の姪であるジュディスのもとに、サトペン百マイル領に、身を寄せて暮らすことになる。
 そして帰ってきたトマス・サトペンと婚約することになる。
 トマス・サトペンの妻だった姉の死後、姉の子供たちよりも若いローザは、トマス・サトペンの婚約することになる。それは最初のほうに明かされていたが、読み進めていくごとに、ローザは魅力的な女性と言うわけではなかったということや、サトペンに憎しみの気持ちがあったということで何故婚約に至ったのか、ローザ自身が南北戦争後、生活的に大変な状況だったということはわかるが、サトペンが結婚した理由は何だろうと違和感がでてくる。しかし実際の婚約シーンに至って、単に子供が埋める若い女性が必要だったというだけか。ジュディスの固い性格もわかっていただろうし、子孫を残すためには別に子が必要だったろうから。
 荒廃したサトペン百マイル領、それを回復するために努力を始める。南北戦争で南軍の融資だったが、敗れた憤りよりも先に、死ぬ前に立派な場所を作らなくてはという強迫観念じみた夢があり、その夢を実現するための残り時間も考えて少し焦りの色もあったようだ。
 サトペンは婚約後、急にローザへの関心なくなり、その後あっさりと彼女を捨てて出て行く。そして後に彼の死を知らされる。
 クエンティンはローザにサトペンの家には何かがいると言われたところで上巻終わる。ホラーじみた終わりだが、そうはならないだろうから、その言葉は何なのかなと、気を持たせる引き。

 しかしそうしたコールドフィールド(父)とサトペンがした商売、良心に我慢できなくなったその商売とは何かだったり、なぜサトペンはローザと婚約し、そしてその後冷淡に破棄したのかというような単純な行いは明らかになったけど、正しい解釈というかその人がその行動をとった真意が見えてこない行動や小さいことだけど明らかになってない事実が色々とあって、そうしたところがこれから明らかになっていくのを意外な真相や事実に驚き、楽しむという趣向なんだろうな。
 まあ、ヘンリー・ジュディスのサトペン兄妹とチャールズ・ボンの本当の関係だったり、ヘンリーがボンを殺した理由とかは冒頭の登場人物欄とか解説で既にわかっちゃっているのだけど。それで正直、それって結構重要そうなネタバレだけど、それ知ったことで面白さがそがれないかとか思ったりもして、トラップかなとか、そこはいがいとじゅうようでなかったりするのかな?とか、あるいは有名だから既読前提でその情報がでているのかなどと色々ぐるぐる考えて、というか若干困惑した。しかし、あえてネタバレしたということは、それが事前にわかっていれば、読みづらいというこの小説を読む上でかなり補助線となるというか、わかりやすくなるような部分だからあえてネタバレしたのかなとも思う。いや、このネタバレが物語のかなりの中核で一番のどんでん返しポイントとかだったら、逆に笑うけど。というか笑うしかないけど。
 『『アブサロム』の主要な語り手たちは、南部の過去の物語を、人格の問題による悲劇、あるいは社会通念がもたらした悲劇へと結実させる役割を演じきるのだ。』(P349)意味づけられる破滅。何を象徴しているか、その原因は何か、語り手によって、あるいは知っているサトペン家の事情によって違うということか。