郵便配達は二度ベルを鳴らす

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

何度も警察のお世話になっている風来坊フランク。そんな彼がふらりと飛び込んだ道路脇の安食堂は、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻が経営していた。ひょんなことから、そこで働くことになった彼は、人妻といい仲になる。やがて二人は結託して亭主を殺害する完全犯罪を計画。一度は失敗するものの、二度目には見事に成功するが…。映画化7回、邦訳6回のベストセラーが新訳で。

 以前から気になっていたけどようやく読了。しかし私が読んだ新潮文庫版の前月に光文社古典新訳文庫でもでていたけど、ほとんど同時期にでるとはどういった理由があるのだろうか少し気になる。一応wikiを見てみたらジェームズ・M・ケインは1977年没なので別に著作権が切れたというわけでもないし。
 セリフがかなり多いということもあって相当読みやすく久しぶりに小説を1日で1冊を読み終えた。帯に「映画化7回、邦訳6回」とあるが(しかしwikiでは映画化4回とあるのでちょっとなんでだと首をかしげる)、それも納得できる内容。読んでいて映画的と感じるので、何度も映画化されたのもわかる。主役2人の会話がメインで進みその感情の機微を描き、描かれる2人の感情は複雑なものがあるが、展開がスピーディーで事件が次々に起き(起こし)て、結局行き着くところに行って幕を下ろす。それに解説にあるように、主人公たちは己のことしか考えない悪人だけど、憎めないし、むしろ好ましく思える。
 解説でそのようなことを言われて、そういえばどうしようもない人たちだったなと気づくほど、それほど読んでいる最中は悪人とは思えない(善人だと思っていたわけでは当然ないけど)。それは彼と彼女が凡庸でもあり、彼女のニックに強烈な悪意みたいなものを感じないからか。それともキャッツのような弁護士にいいように翻弄さて、原因はそもそも自分たちなのだけど、運命に翻弄されているように感じるからか。あるいは、それ以外の方法を思いつけず固執した視野の狭さはあっても目標のためにまっすぐであり、その行き着くところが悲劇的だからだろうか。
 主役のフランクとコーラの二人のキャラクターがしっかりとしているのはいいね。そのおかげでちょっと突飛な、現実離れしたような出来事が起こっても(キャッツが裁判で行ったようなこと)、二人の悲劇の現実感をそがれない。
 根無し草の放浪者フランクは人のトラックの荷台に密かに乗って、そこで寝ていたらしばらく後に運転手が気づき下ろされてしまう。彼はその近くにある小さな安食堂で色々いって無銭飲食しようとしていた。しかし、そこを経営するギリシア人ニック・パパダキスは人手不足だったため、彼に働かないかと誘いをかけた。そこでフランクはギリシア人主人の妻でアメリカの若い娘であるコーラを見かけ、彼女目当てにそこで働くようになる。
 そしてフランクとコーラは直ぐに情を交わす仲となる。このまま長く変わらず続くだろう小食堂の妻としての生活に満足していないコーラは、風来坊であるフランクに現実を変えるための計画、夫殺しに協力してもらう。彼もコーラへの愛から、そしてそんな行動に何のためらいも嫌悪感も持たない道徳的不感症から、それに協力する。
 最初に事故に見せかけて殺す計画が失敗する。夫には単なる自身の不注意の事故と思わせられた。夫の退院前にフランクは店を出て行こうとして、コーラも共に出て行こうとしたが男女二人連れのヒッチハイクは当然ながら成功せず、この場所から彼と共に離れることが無理なことを悟ってコーラの夢想がぱちんとはじけ、彼女は涙を流しながら戻りたくない家路へと戻っていくさまは物悲しくも印象に残るシーンだ。
 その後放浪していたが、しばらく後に、その場所の近くを寄ったときにニックに再び店で働かないかと誘われる。そのとき彼女と再び顔を合わせて、今度は飲酒運転中のなにげない事故に見せかけて殺すことにする。
 それは成功するが、以前の失敗やニックが自身に保険金をかけていたことで、それ狙いだと思われて強い疑いがかかる。そうしたあずかり知らぬ事情で殺人と疑われ、そして判事の推理は全くの見当違いだが、フランクを犯人と決め打ちしての圧迫的な物言いと、コーラはお前も殺すつもりだったはずだという彼の想像によって、彼女の告訴状にサインしてしまう。
 しかしそれに後悔して、近くにいた警官の紹介で、すぐさま腕っこきの弁護士であるキャッツに助けを求めて、彼はフランクとコーラの仲をかき乱すが、曲芸じみた芸当、法廷闘争(権謀)術で二人の無罪を勝ち取る。この場面、半ば以上ライバル関係にある判事とキャッツの対決の種とされて、判事の鼻を明かすためにキャッツは二人をいいように操っているため、二人が勝ったというよりもキャッツが勝ったという印象で、この裁判の場面は喜劇的だな。当事者は蚊帳の外でいつの間にか無罪になって、その代わり微罪よりも二人にとってずっと悪いことである二人の間の感情的なささくれが生まれた。
 そうしたことで愛と不信が入り混じったピリピリとした関係が続いていた。そして彼女がニックから受け継いだ安食堂が時流にものって意外にも繁盛する。そうなったことで当初のニックを殺して、二人で新しい生活をという目標が達成したも同然なのだが、そうした感情的なしこりもあり、二人の性質の違い、安定を求めるコーラとどこまでも流れ行くフランクがもろにでてくる。コーラは何も持たずルールに縛られないフランクだからこそ魅かれたし、そうした計略をともにすることになった。しかし当初は灰色の現状から抜け出すためなら、彼と共にどこへなりともと思っていたコーラだが、夢じゃなくて現実のものとしてそうした目標がでてくると、フランクのように何も持たずにあちらこちらへとふらふらするのは耐えられないと思って、安定の可能性を目の前にすると安定を選ぶ。
 その違いが二人にも明白に意識されて、共犯者としての近しい距離が遠ざかり始めるとともに自らの罪を知るものという不信感・警戒感に化けてくる。
 しかし真相を知っている脅迫者の存在によって再度二人は共犯者になるが、もはやかつてほど親密にはなれない。そして脅迫者が出てきて、撃退したものの生きていることによって更なる不安の種がコーラのなかにまかれる。
 そしてそんな微妙な関係、虚々実々な腹の探り藍をするような仲の二人はビーチへ行く。沖に二人で行ったときに彼女は妊娠を明かす。コーラは自分を密かに殺せる機会を作ることで、彼を試す。自分の命を別途して、そうした機会を作ることで再び信頼できるかどうかの試金石したのだろう。それほど彼を信頼したかったのか。それともフランクに自分の秘密を知る自分を殺す機会を与えることによって、もし迷ったならば罪悪感を抱かせたり、絶好の機会を逃したことでもうそんなことをしないと思わせるためにそうしたことをしたのか。
 その後、車でフランクは暴走して、交通事故でコーラは死亡。そして故意犯と見なされて処刑と相成る。しかし彼はその事故は故意でないという。試されたことに怒って、脅してやろうとしたのか、それとも単純にトラックに苛立っただけなのか。
 情動、熱に突き動かされる若く、考えなしの二人を書いたある意味ダークな青春小説的な感じかな。そんな彼らがその考えなさや無力さ故に、その愛すらもひびを入れられ、破滅する。その二人の性質ゆえに、決定的にだめになるよりも前に明るい先行きが見えないようなある意味予期されたとおりの破滅ではあるが、その情熱のままに衝動のままに一瞬を生きて死んだという感じだから、悪党と感じるよりもそうした生き方をするしかなかったという感じがあるからちょっと憐憫の情を抱いてしまう。