隣のアボリジニ

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

独自の生活様式と思想を持ち、過酷な自然のなかで生きる「大自然の民」アボリジニ。しかしそんなイメージとは裏腹に、マイノリティとして町に暮らすアボリジニもまた、多くいる。伝統文化を失い、白人と同じように暮らしながら、なおアボリジニのイメージに翻弄されて生きる人々。彼らの過去と現在をいきいきと描く、作家上橋菜穂子の、研究者としての姿が見える本。池上彰のよくわかる解説付き。

 有名なファンタジー作家である著者は、実は文化人類学者でもある。その文化人類学者としての著作。副題どおり、小さな町に普通に暮らすアボリジニの姿を書いた本。足掛け9年、述べ3年間の交流・取材で得られた話が書かれる。
 しかし著者のファンタジー小説は、実は興味はあってもシリーズだったり長めだったりするから、「獣の奏者」とか「鹿の王」とか面白そうだと思いつつも、未だ読めていないのよね(苦笑)。
 アボリジニの語源は英語で原住民を意味するaboriginal/aborigines。その言葉でひとくくりにされたけど、250以上の全く通じない言葉を話す集団に分かれていた。まあ、一つの大陸が東西南北同じ言語を話す民族で充満するほうがおかしいか。
 しかしそうしてひとくくりにされたことで、特に文化を失った都市部のアボリジニは「アボリジニ」という意識が強く、本来別の地域で別の文化であるが現在も強く伝統文化や言語を維持している北部や中央砂漠地域のアボリジニの文化要素を『いわば「アボリジニ」が共有する文化財産として、白人や他の民族の人々に示すことがあるのです。』(P48)
 都市や町のアボリジニが抱えている問題、アルコール中毒や犯罪率の多さなどにも言及されている。親がアル中などで子供に関心ないと、白人の子供のように親に宿題のことを言われたり、テストの点で褒められたりということがなく、勉強のモチベーションも違ってくるから彼らと張り合うことが難しくなる。また、そうした生きている社会が見えてくるとやる気が失われていき、中学中退していく人が多い。
 そうしたアボリジニの教育不適応を補正するために、教育省もアボリジニの教育補助員雇ったり勉強から取り残された子供向けの特別授業したり、宿題ができない家庭環境の子のために放課後に宿題を見てあげるシステムを導入したりと色々とやっているようだ。
 著者が取材している地域、西オーストラリア州中西部マーチンソン地域では労働力不足だったということもあって、白人たちは自分たちの故郷である土地から離れがたかったアボリジニたちを長年無給(わずかな衣類や食料を与えるだけ)の労働力として利用してきた。
 厳しい自然環境で労働力が少ない中でオーストリア中部から北部で牧畜がなりたっていたのは、そうして牧童となったアボリジニの力があったから。1900年にはその地域にアボリジニの8割が牧童となる。
 『十八世紀から十九せいきにかけて、オーストラリアの白人たちは、アボリジニは「放っておけば、いずれ絶滅する哀れな野蛮人」だと考えていましたから、政府は非常に早い段階から、アボリジニを「保護」しようと、アボリジニ保護法を施行していました。』(P136)ただ、『そんな法律をつくった背景には、入植者がアボリジニを虐殺、虐待する事件が多発していたという事情があったわけで』(P136)。
 1936年の原住民管理法はより良い保護と管理を目的としたものだったが、この方で原住民とされた人は、原住民居住地や特別施設へ強制的に移動させたり、あるいは文明化できる可能性を持つアボリジニの赤子を親から引き離してキリスト教の施設や公共施設で暮らすことにさせられたり(そうした子供たちは現在では「盗まれた世代」と呼ばれているようだ)と法的に市民とは差別された生活を送ることになる。そして原住民の文化を教えていると見なされると子供を連れ去られてしまうため、それを恐れて、もともと持っていた言葉も教えなくなっていった。
 1967年に「アボリジニを国民として数えない」としていた憲法の条項を廃止されて、1968年に牧畜業でのアボリジニ労働者への法的最低賃金を白人と同額にする法律が施行された。しかしそのことでその地の多くのアボリジニがそれまでの暮らしていた牧場から解雇されて、失業者となった。教育も受けておらず財産もなく、牧場・農場の仕事の知識しかないアボリジニが自由競争で新たに仕事を見つけることは難しかった。
 そうしたアボリジニたちが市民として利用できるようになった恩恵である失業手当で生活し、それまで禁じられていた酒を飲むようになって、無為な時間を潰すようになっていく。『これが、現在の「失業手当で暮らし、朝から酒を飲んでいるアル中のアボリジニ」を生み出す大きな原因となったのです。』(P142)
 そして牧場が自分たちの「聖地」であったから、ほとんど賃金支払われなくてもその土地にしがみついて暮らしていたのに、解雇されたことで牧場にある聖地にも入れなくなった。そのことは儀礼をつかさどっていた伝統文化の継承者である長老が権威を失って、文化と社会システムの崩壊することにもつながった。
 「第三章 過去への旅」で著者が交流したアボリジニの家族の話だったり一代記が語られて、そのどれもが当時のアボリジニの境遇や彼ら彼女らの生活がどんなものだったのかが伝わる話であり、短いが印象深い。こうした知らない国の知らない時代について語った話って魅力的だ。もしもこうした話がまとまっている本とかシリーズとかあれば読んでみたい。