真夜中の子供たち 下

真夜中の子供たち〈下〉 (Hayakawa Novels)

真夜中の子供たち〈下〉 (Hayakawa Novels)

内容(「BOOK」データベースより)

魔術師リアリズムの極致。ガルシア=マルケス百年の孤独』以上と評価された、80年代最高の話題作。英国ブッカー賞受賞。

 インドの現代史と運命的に結び付けられて、その動きの中で翻弄されたサリームの物語。
 語り手であるサリームが語る自身の人生・彼の家族の歴史、幻想的な物語。そしてその物語と二重写しとなるインド亜大陸の現代史が書かれる。
 冒頭で、自身の人生で起こった出来事と祖国に起きたものとの符合的な関係(このことは以前から言っていたが具体的にどうその時代に起きた物事とリンクしているか)についてどういうことが読み取れるかを書いているが、そうしたのを書いてしまうのは珍しい。私はそうした意図が読み取れない人なので、単純に物語や挿話が面白いかどうかしか見れないけど、こうしてちらりとそうした意図について触れられると、まったくといって批評とかを読まない人だけどそうしたものを少し読んでみたくなってしまうな。
 血液型で両親の息子ではないということがわかったサリーム。そのことで両親はサリームを一度弟(叔父)の家に預けた。最初はそのまま引き取られることになるかと思ったが、美しい『叔母を慰めようとして不謹慎にも調子にのりすぎた』(P25)こともあり、今まで過ごしてきたの家、親のもとに帰ることになった。
 叔母の愛人が彼女を棄てて、近所に住むサバルマティ海軍中佐の妻と不倫していた。サリーム『は大好きな叔母さんを誘惑したことで彼を憎んでいたが、今度は棄てられるという屈辱をなめさせたことで、二倍も憎んだ。』(P24)そのため、そのことを中佐に密告して、懲らしめようとしたが中佐はその両人を銃殺して、思わぬ大ごとになる。なしとげた後平静に自首した彼を英雄視するような見方も世論の中にあって、彼が殺人罪となるか無罪となるかで国中の話題となる。
 そして叔母のためにしたその復讐で、叔母の元愛人が死亡して、ハーニフ叔父は彼に雇われていたから職を失い悲観して自殺することになる。叔母が受けた屈辱へのサリームの秘かな復讐は、ことほどさように大事になって、悲しいことに叔父夫妻をも不幸にしてしまう結果になった。
 病になった元召使のムーサを見たメアリーは、それを以前から見ていた亡くなった恋人のおぞましい幻影がここまでくっきりと見えるようになったと思って、彼女はついに出生時に病院の看護師だった自分が赤子を取り替えられていたことを家族のみんなで吐露することになる。
 その真相を知ったサリームは自分と入れ替わったシヴァにそのことを知られることを恐れて、彼と真夜中の子供たちの会議に入れないようにして、そのことが原因で会議は廃れた。そして一家がパキスタンに行くことになり、国境を越えたことでその超能力が使えないようになる。
 サリームが血を分けた子でないことを知って父は「名状しがたい怒りにとらわれ」て一家は分裂しかけたが、結局修道院長(母方の祖母)が家族と認めた鶴の一声を発したことによって父の気持ちも落ちついていった。
 パキスタンではズルフィカル将軍とエメラルド叔母のもとに家族は身を寄せた。そこにいたときにクーデターを実行するちょうどその時に居合わせることになる。この出来事に限らず、現実の政治的に大きな出来事も小説中に組み込まれているから、インド・パキスタンバングラデシュの現代史、政治史を知っていればもっと面白いのだろうな(知らずに読んでも面白かったけど)。そういうことが書かれた手ごろな本ないかな。
 そのクーデター実行前、ズルフィカルの息子ザファルとサリームもその話を聞くことになる。しかし失禁へ気があるザファルはここでも失禁して、ズルフィカルはとっさにサリームが息子であるかのように扱う。そうして彼の人生の中の何人目かの「父」が生まれる。
 サリームの多くの父・母だったり、部分で見て惚れる(祖父、母)、結婚によって名前を変える(母、パールヴァティ)のような幾度も再演される出来事や、楽天主義というワードとかこの物語に繰り返し使われる形にはどんな意味があるのかわからないから(楽天主義はそのまま独立直後の未来はばら色だがそれが現実によって色あせるさまだとか、上巻であった指とどこかの切断がパキスタンバングラディシュの独立だとかわかりやすいものならばともかく)、そうしたのについての解説も読みたい。
 パキスタンで敬虔になり、そして歌の才能を発揮した妹ブラス・モンキーはジャミラ・シンガーと呼ばれるようになる。そしてサリームはそんな妹に「強い情緒」を抱くようになる。全身をブルカに隠したジャミラは歌手として世に出て、パキスタンの国家的歌手となる。
 両親がサリームの鼻水がたれないにしようと行った手術によって永久に能力を失うことになる。しかし代わりに物の臭いをかぎ分けるだけではなく、社会が持つ雰囲気だったり人が持っている思いも察せるような鋭敏な嗅覚を得た。
 サリームは家族へのそれを超えた、妹への愛が意識していなかったが、五百云歳といわれている老娼婦に妹への愛を看破されて初めて意識する。後にそれを妹に直接言うも、血縁的には違くとも子供の頃から兄妹として過ごしてきたので当然拒否されて、大きく距離を置かれることになる。
 インドのパキスタンの都市への空爆で、パキスタンにいた家族は兄妹を除き死に、サリームはその空爆で頭を強く打ったことで記憶を失うことになる。
 そのサリームはその鼻の鋭敏さから、「追跡犬」役としてパキスタン軍の特殊部隊に配属される。そして記憶を失った彼は、特殊部隊の一員として東パキスタン(現バングラディシュ)の独立を阻むために行われた軍事行動に参加し、その暴風から逃れようと身を潜めている人間を探し出し、軍の手に引き渡す役割をはたすことになる。
 脱走後に記憶がよみがえるも名前だけは戻らない。バングラディシュ(東パキスタン)のあまりに多くの難民に耐えられなくなったインド軍がバングラディシュでパキスタン軍と戦い勝利する。そんなときに軍と共にきていた芸人団の中に、真夜中の子供たちの一人で会議をしていた頃から彼と親しかった魔女パールヴァティと出会い、そこで名前(サリーム)を思い出す。そしてパールヴァティに助けられてインドに帰り、そして彼女と芸人スラムで共に暮らすことになる。
 そういったわけで彼は本来の親がいたところで生きることになり、一方シヴァはその戦いによって英雄となって上流階層と交流をすることになる。ここで共に親のいた場所、本来ならばいた場所に生活の場を移すという、以前そうなることを恐れてシヴァとの交流を起ったということを思えば、少し皮肉な展開となる。
 そこにはパールヴァティがいるし、サリームは社会運動などをしていた蛇使いのピクチャー・シンのことを慕うようになったこともあって、転落といえば転落だけどサリームがそこでそれなりに満足して生活しているようでなんかほっとした。
 サリームは幻覚に惑わされて、精神的に性交できなかった。そのためパールヴァティは彼の前から消し、彼女はシヴァの子供を授かった。そしてサリームはその子を自分の子供として育てることにする。二重に歪んだ親子関係の結果としてサリームは血縁上の自分の子ではないが、両親の血縁上の孫を育てることになる。
 <未亡人>インディラ・ガンディー首相(マハトマ・ガンディーと血縁関係なし)とシヴァによって、サリームは捕らえられる。そしてその時にパールヴァティを亡くす。捕らえられたサリームは他の真夜中の子供たちの居場所について(あっさりと)喋らさせられる。そして彼ら、彼女らは去勢されて能力を失った。
 その後サリームはある場所でチャツネを食べて懐かしさを覚えて、そのチャツネを作っている会社に行き、今はそこの社長をしている、かつて子守だったメアリー、そしてこの物語の聞き手であるパドマと会う。しかしサリームの過去語りにおいて、パドマがメアリー贔屓だったのはそうした理由か。
 ラスト、パドマと結婚することになるが、語り手サリームはその日が自分が死ぬ日だと予感している。そして結婚式場に行く途中で群衆の中でパドマとはぐれて、幻覚が襲ってきて、身体が粉々に砕け散った幻覚(?)がきて終わる。ハッピーエンドではないけど、サリームは本当にこれで死んでしまったのかしら? それではパドマがあまりに可哀想だから生きていてほしいのだけれど。