双生児 上

内容(「BOOK」データベースより)

1999年英国、著名な歴史ノンフィクション作家スチュワート・グラットンのもとに、J・L・ソウヤーなる人物の回顧録原稿が持ちこまれる。第二次大戦中に活躍した英国空軍爆撃機の操縦士でありながら、同時に良心的兵役拒否者だったJ・L・ソウヤーとはいったいどんな人物なのか…。稀代の物語の魔術師が、持てる技巧のすべてを駆使し書き上げた、“最も完成された小説”。アーサー・C・クラーク賞、英国SF協会賞受賞作。

 第二次大戦が現実とは異なった結末を迎えた世界で、歴史ノンフィクション作家のスチュワート・グラットンはその第二次大戦中の謎めいたある一人の男ソウヤーについて調べていた。そんな時に当時を回想した本人が晩年に手記をその人の娘から渡された。しかし上巻の最後で、かつて取材したその男と戦友だった人からその男が死亡した任務で一緒であって、彼は第二次大戦中死んでいると知らされる。いい引き。
 まるきり虚構で悪ふざけとするには戦友の証言と一致する部分があって(双子の弟の妻についての話など)、そのことが何を意味するのか下巻でどうなるか。
 以下ネタバレあり。
 スチュワート・グラットンの世界は1941年5月10日に1年半ほどの戦争が終結した、英独が講和した世界。ヘスが講和任務を全うした世界。34ページから、当時の有名な人物幾人かのこのIF世界のその後が書かれているが、もっとその人物たちについて詳しかったらもっと面白いのだろうな。そう思うとこういう趣向のネタは結構好きなだけに、十分にその面白さを味わえないことがちょっとだけ口惜しいな(笑)。
 第二部ではソウヤーの手記を見ることで、『チャーチルは、ソウヤーが良心的兵役拒否者でありながら、現役の英空軍爆撃機操縦士と述べている。』(P41)その謎の真相を見ていくことになる。その第二部で彼が双子(一卵性双生児)の兄弟でJ・L・ソウヤー(手記を書いているのはジャック、兄弟がジョー)という名前まで同じだったことが書かれる。
 手記を書いたジャックは1941年5月10日に自身が操縦する飛行機が墜落して、彼が意識を取り戻したあとも戦争は続いていた。そこからスチュワート・グラットンの世界との分岐が始まっている。グラットンがパラレルワールド(というか、読者である私達から見れば現実と同様の帰結をたどった世界線)の手記を手に入れたことになるのかな。そのソウヤーの手記が手の混んだイタズラという可能性を除けば(だが、小説なのだからそのようなオチにはならないだろう)。
 そしてジャックの世界では、彼の観察眼を信じるとするとチャーチルが影武者を置き、イギリスに来たヘスは偽物という世界で英独の講和はならなかった。
 実は読んでいる最中は、良心的兵役拒否者と現役の英空軍爆撃機操縦士の二重の身分についてばかり注目していて、入れ替わりとか2つの精神の融合とかそうした話になるのかなと思っていて、この辺のJ・L・ソウヤーの世界とグラットンの世界との違いというのはあまり意識していなくて、上巻の最後の墜落した飛行機に同情していたレヴィがその時彼が死んだということをスチュワート・グラットン伝える手紙を読んで驚いた。私は序盤に設定を覚えようとせずに、読んでいるうちに覚えるだろうと読み進めている人なので、こうした仕掛けや凝った作りがあると作中でそのことが明示されるまで気づけないなあ(苦笑)。まあ、ソウヤーが双子という設定やルドルフ・へスの替え玉という話もあって、それがどう物語に関わってくるのかわからないから、それがどう作用するのか楽しみだ。
 また、第二部では1936-45年の手記、ベルリン五輪でボートの代表選手だった二人のJ・L・ソウヤーは五輪でドイツに入国した時に彼らはジャックが後々まで懸想する、そして後にジョーの妻となるユダヤ系の女性ビルギットの国外脱出を手伝うことになる。
 チャーチル首相に呼ばれたジャック・ソウヤーは、ベルリン五輪でヘスとあっているから英国に来たヘスが本物かという判別の仕事のために呼ばれたというが、まず兄弟のことを尋ねられている(そして前年に死亡したと述べた)から別の理由もあったのだろうか。双子という特質を使った何らかの仕事の依頼があったのかなとも思えないでもないが、まあ、穿って見すぎているだけかもしれない。
 ビルギットは英国籍を取得していて、ユダヤ系だが元ドイツ国籍であるとの理由でスパイとして収容されるおそれが会った。そして彼女の夫(双子の兄弟)ジョーは多忙でほとんど帰ってきていないから、そうした怖れが強くなっていた彼女の頼みでジョーの振りをして村を出歩いたり雑事をしたりする。しばらくして恋仲になるも、ジョーの死亡の知らせを聞いて距離が離れる。
 そしてその仕事の後再び空軍に戻ったものの後に捕虜となって、そのまま1945年までの2年ちょっとを捕虜として過ごす。
 スチュワート・グラットンが生きる作中世界のアメリカは『のさばる孤立主義的なメンタリティと外国人嫌い、露骨に検閲されているメディア、犯罪者が支配するとし、燃料不足、高騰する物価と戦っていると、まるで一九三〇年代の大恐慌期にタイムスリップしたような』(P308)気分が味わえる場所であると、アメリカが現実とはかなり異なった歴史をたどっていることがわかる。
 「第四部」ではジャック・ソウヤーが操縦する爆撃機の搭乗員であったサム・レヴィの手紙で、彼の視点でのJ・L・ソウヤーについてが書かれている。そしてその最後でJLは墜落時に死んだということが書かれる。グラットンが生きる世界、英独講和がなされた世界では空軍にいたJLは死んでいる。