ゲルマニア

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

1944年ベルリン。ユダヤ人の元敏腕刑事オッペンハイマーは突然ナチス親衛隊に連行され、女性の猟奇殺人事件の捜査を命じられる。断れば即ち死、だがもし事件を解決したとしても命の保証はない。これは賭けだ。彼は決意を胸に、捜査へ乗り出した…。連日の空襲、ナチの恐怖政治。すべてが異常なこの街で、オッペンハイマーは生き延びる道を見つけられるのか?ドイツ推理作家協会賞新人賞受賞作。

 1944年5月。第二次世界大戦下のベルリンにいた主人公の元殺人捜査官のユダヤオッペンハイマーユダヤ人アパートに暮らし、いつ強制収容所に送られるか怖れる日々を過ごしていた。そんな折に過去の異常殺人事件の捜査の経験をかわれて、ナチス親衛隊(SS)のフォーグラーに捜査に協力することを要請(半強制)されて、その連続殺人事件の捜査を行うことになる。
 ミステリーというよりサスペンスであり、戦争末期のドイツのその時代ならではの社会風俗が色々と書かれている小説。
 いくら警察にそうした経験がある人材が少ないとはいえ、当然ながらユダヤ人の元警官に捜査させることは、他の人間は冷淡な目を向ける。フォーグラーが事件解決できないことによる失点を怖れて彼を使うことを決心したようだ。まあ、正直ナチスドイツ下でユダヤ人にそうした捜査権限を与えたりすることのほうがよほど失点になりそうだとは思うけど。
 しかし冒頭でフォーグラーや親衛隊情報部員(SD)は、主人公を急に殺人事件現場で遺体を検分させて、犯人がどういう人物かについて彼に話させているが、そのときにオッペンハイマーが犯人について『信じられないくらい冷酷な人間のしわざだと言えます。』(P24)といっているのがその言葉は質問している男たちへの皮肉としても機能しているから、ちょっと妙な笑いがでるな。
 ペルチザン錠(ヒロポンメタンフェタミン)を精神安定剤みたいに普通に使っているのは、当時は処方箋あれば買えたようで、そうしたものが戦後日本でわりと普通に服用されていたということを知識として知っていても、こうして物語の中で普通に主人公が服用しているのを見るとちょっとえっ、と思う。更に昔の年代を舞台にしたものだと阿片とかモルヒネとかね。
 反ナチスの女医者ヒルデに常々援助してもらっていて、殺人事件の捜査をすることになったことを話して、また週一で彼女のもとに通って、時々の話や事件の進展を話している。彼女の別居中の夫はナチに入っていて、彼が彼女の行動を自分の失点にならないようにある程度フォローしてくれているようだ。
 オッペンハイマーが捜査中に色々と戦時下で手に入らなくなった物品、たとえば本物のコーヒーが飲めて少し嬉しそうなことなどにはちょっとほっこり。毎度言っているけど、個人的にはこうしたものが容易に手に入らない状況で、普段は普通の嗜好品をちょっとした贅沢みたいな感じに思いながらも楽しんでいるシチュエーションは好きだな。
 しかしフォーグラーもオッペンハイマーにしっかり捜査をさせるためとはいえ、彼のことを何くれとなくフォローしたり、気を使ってくれているね。例えばユダヤ人と思われると調査ができないからユダヤの星をはずせと「命令」して、自分が責任取ると示してくれるところとか、考えるときにシガレットホルダーを口にくわえる癖をみて、気になるからといいつつ煙草を渡しているところとか。
 そうしたフォーグラーのそっけないようで親切にしているところはいいね。
 空襲で地下室に二人きりで閉じ込められたオッペンハイマーとフォーグラー。この閉ざされた状況下で二人が一気に親しくなって、会話が弾んでいるのを見るのはいいね。それに足を怪我をしたフォーグラーにペルチザン錠を一錠くれないかと頼まれて、日々使わないと精神的に持たない状況で残り少ない錠剤を考えて、渡そうか迷いながらも、フォーグラーが痛みに苛まれていることを思って錠剤を差し出すシーンとか、閉ざされた地下室でご禁制となっている「三文オペラ」の音楽のレコードをかけるとフォーグラーもそれを気に入ったとかのシーンもいいな。
 ユダヤ人アパートに暮らす隣人が疎開指示書(強制収用所送り)が来たことで、周りの人に貯めていた食料などを形見分けのように渡して、致死量の睡眠薬を飲んで自殺する。そうした当時の光景、この時代ならではの悲しい話も書き出す。
 犯人を見つけて、街中での追走劇となったがオッペンハイマーユダヤの星をつけているのを忘れて走り回っていたらヒトラーユーゲントの少年たちに因縁をつけられて犯人を逃す。また、そのときに気が立っていたから、荒っぽい言葉を使ってしまったこともあり、少年たちにあやうく殺されるところだった。しかしフォーグラーが登場して、この男を探していたんだ、褒美をやろうといってごまかして彼を救出する。そうして救出した後フォーグラーが主人公に何をやっているのだと怒ったり、恩着せがましいことを言ったりせずに、ただ彼の服に付いたユダヤの星を引きちぎって「これはわたしが押収する」とだけ言うのがいいね。
 ずっと追っていた犯人自体は凡庸と言うか、その時代をかんがみると異常さが際立つ人物像だろうが、現在の小説としては陳腐にみえる犯人でちょっと迫力不足かな。
 オッペンハイマーヒルデからの伝手で国外脱出をする道が見えたが、自分の手で最後まで事件を解決させようとした熱意が仇となり、脱出の好機を失った。しかしフォーグラーは事件現場で独断行をして、情報を持ち出していたオッペンハイマーを責めずにただ見逃して、いざって時に楽に死ねるように青酸カリのカプセルを渡す。それに彼のオッペンハイマーへの精一杯の思いやりを感じる。
 訳者あとがきで続編が告知されていると書かれているが、その次の作品でオッペンハイマーはいったいどういう立場でどこにいるのか気になる。