族長の秋

族長の秋 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)

族長の秋 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

大統領は死んだのか?大統領府にたかるハゲタカを見て不審に思い、勇気をふるい起こして正門から押し入った国民が見たものは、正体不明の男の死体だった。複数の人物による独白と回想が、年齢は232歳とも言われる大統領の一生の盛衰と、そのダロテスクなまでの悪行とを次々に明らかにしていく。しかし、それらの語りが浮き彫りにするのは、孤独にくずおれそうなひとりの男の姿だった。


 中南米の架空の国の独裁者<大統領>(名前は作中に出てこない)についての物語。大統領の孤独で長い生、衰えていく様が書かれているので、彼は独裁者で悪いことや不条理なことを色々としているがどこか哀れさもある。年月の経過とともに呆けていき、妻レティシア・ナサルノだったりサエンス=デ=ラ=バラのいいように動かされるようになるなど弱くなっていくからそうしたことを感じさせる。権力を持って好き勝手できても、あるいはそれだからこそ孤独な独裁者の姿を書いた長編。
 解説に『この小説には、複数の数の語りが継ぎ目もなしに入り込む。<わし>とか<わたし>とか<おれたち>とかが入り乱れた挙句に、突然<おふくろ>とか<閣下>と呼びかけたりするのである。ドキュメンタリーフィルムの中に、ニュース映像とインタビュー映像が入り混じり、そのうえ、誰かが私的に撮影したプライベート画像や親しい人へのメッセージが入り込むような感じかもしれない。』(P370)と書いてあるように、視点がいきなり切り替わることが多いこともあって、個人的にはちょっと読みにくく感じた。というか、個人的にガルシア=マルケスの本は「百年の孤独」やこの本のようなマジックリアリズムよりも「予告された殺人の記録」とか、小説でなくノンフィクションだけど「誘拐の知らせ」みたいな現実的なもののほうが好みだな。まあ、中南米ではこの種の無茶苦茶に見える独裁者の話も決して非現実的ではないみたいだけどさ。
 大統領が長い期間その職に就いていた老人であることはわかっているが、彼は昔から老人だったし、その肖像はずっと以前のものだから彼の正確な年齢や外貌は知られていない。
 大統領府の牛や多くの小鳥たちなど国家の最高意思決定機関とは思えない無秩序とした姿は、混乱した国の有様を物語っている。
 影武者のパトリシオ・アラゴネスが死んだのを利用して、大統領の死を喧伝させたことで、大統領は自分が死んだ後の様子をつまびらかに見るというエピソードは印象に残る。その後大統領は姿を現して、遺骸(影武者)を前に大統領の死を悲しんだものに恩賞を与え、独裁者の死を喜び大統領府を襲撃した者などを処罰する。そしてそうしたものに思ったとおりの証言を出すのに一人を適当に選んで生側をはぐ、それを見て白状した連中もワニの餌になる。そうした証言を聞きだすことで、自分は国民に愛されているのだと自分に言い聞かせる。
 宝くじのくじを子供たちに引かせて、常に自分があたりを引くように操作していた。その子供たちをどうするか考えていなかったので、その事実がばれないように、くじを引く係りとなった子供たちは捕らえられて、その数は2000人を数えた。そしてそれは部下が事実をばらさないために良かれと思ってやったことで、大統領はそのことを知らされておらず、囚人を恩赦する段になって子供たちはどうするか聞かれてはじめてその存在を知る。
 大統領の勘気に触れないように人々は耳触りの良い報告を、あるいは良かれと思って偽りの報告をあげてくる。そうしたこともあってどんどん大統領に現実が見えなくなっていってしまっているのかな。その政権の座に就いた初期には、精力的で民衆的な、能力的にはともかく慕われていたようだが、それも長い年月で変わった。
 大統領が猜疑心の虜になって終生の友にして無二の忠臣であるロドリゴ・デ=アギラル将軍をも殺し、宴会の料理として供する。
 大統領は彼を殺したこと、母の死などを通過することで少しずつたがが外れていく。
 大統領は無数の妾たちと5000人以上の子を作ったが、大統領の名前を受け継いだものなく。子供として扱ったものもいなかった。そんな中でレティシア・ナサルノは正式に妻となった一人の女性で、彼女は大統領がはじめて自分の子として遇した息子とともに犬に食われて生を終える。
 そして妻とも寝室を別として三つの掛け金、三つの錠前、三つの差し金をつけた部屋で寝る。そこは大統領の聖域でもあるが、そこに誰も踏み込ませないことは彼の孤独さの表れでもある。
 大統領はその年齢のために、尋常でない死を遂げた妻レティシア・ナサルノの名前をどんどんと忘却していく。そうして大統領はどんどん耄碌していき、周囲の者たちに欺瞞・翻弄され、無力さを感じる機会が増えていく。そして親しいものがいなくなったまま、寝室で誰も見取るものがなくひっそりと死を迎える。