崩れゆく絆

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

古くからの呪術や慣習が根づく大地で、黙々と畑を耕し、獰猛に戦い、一代で名声と財産を築いた男オコンクウォ。しかし彼の誇りと、村の人々の生活を蝕み始めたのは、凶作でも戦争でもなく、新しい宗教の形で忍び寄る欧州の植民地支配だった。「アフリカ文学の父」の最高傑作。

 kindleで読了。
 「訳者まえがき」によれば、この小説はアフリカ文学の金字塔と呼ばれるような有名な作品みたい。
 『十九世紀後半、ちょうどイギリスの植民地支配が始まる直前の時代、現在のナイジェリア東部州に位置する、ウムオフィア(森の人びと)という架空の土地』を舞台に、当時のイボ人の社会の姿、そしてイギリスの植民地支配・布教によって、それまでのイボ社会・伝統が突き崩されていく様を活写した物語。
 『アフリカの「過去」を鮮やかに描き出すと共に、植民地支配がアフリカにもたらした衝撃を見事に捕らえた点です。とりわけ強調すべきは、ヨーロッパ人との遭遇が、アフリカ人の視点から、かれら自身の経験としてとらえ直され、描かれているところです。』そうした意味でも意義深い小説。
 過去のアフリカの生活の様子が書かれているのは非常に興味深く面白い。そうしたありし日の、自分の知らないある文化の社会・伝統・生活について詳細に書かれているのを読むのはそれだけでも面白い。そうした内容的な興味深さもあるし、物語もシンプルで読みやすいので想像以上に楽しめた。
 例えばエグウグウという先祖の霊に村の実力者が扮して、その仮装をしたまま執り行う裁判の描写とか、あるいは独特の言い回しとか、宴会の様子とか。
 主人公オコンクウォは、怠惰な父を持った影響で子供の頃から苦労を重ねた。そのせいで彼は自分にも他人にも厳しくなり、また成功や名誉にこだわる(侮られることを何よりも嫌う)人物となる。そうした性質と時代の節目が悪い具合にかみ合った結果、悲劇的な最期を遂げる結果となる。
 オコンクウォはイケメナフ少年を村同士の争いで人質として何年も預かっていた。彼はイケメナフを息子のように思い、愛していた。しかしどうした理由でか彼を殺すことになって、最期は自分に助けを求めたイケメナフを臆病者と思われるのを怖れて切りつけて死に至らしめることになる。それは彼にとっても非常に気が沈む出来事であり、友人オビエリカはそうするべきではなかったといい、息子のイウェイェにもトラウマを与えた出来事であった。
 第一部は一つの村の中で収まる話で、第二部で過失致死で村外追放になって母の出身村へ行ったその地でのことが描かれ、第三部で再び元の村に戻ってきて悲劇的な結末を迎える。そして第二部ではじめて白人の話がでてきて、第三部で元の村に戻ってきたときに村が大きく変容している事を知る。そしてイギリスの権力と宗教がきたことによる共同体の急激な崩壊を見ることになる。
 そうした主人公の身の回りしか移さない物語の規模の小ささもまた良い。そういう小さくて秩序だった村の伝統が、わけもわからぬままに短期間で崩壊することで困惑し、反発するうちに悲劇的結末へと至る。規模が小さいことで、大局的に見ればありふれたケースではなく、個人の悲劇になることでより印象深いものとなる。
 もっと何かエピソードを重ねるかと思ったところで案外さらりと終わったが、そうしたあっさりとした結末もいいね。ありふれた悲劇であることとか、オコンクウォの取り残された空虚な中で死んでいったということが感じられるとか、色々とあっさりとした終わりの理由を見つけられるしね。
 訳者の解説、イケメネフの死によって共同体の内部に伝統的な規律に対する異論・葛藤がでてくる。そうした内在的な異論・批判は新たにきたキリスト教に回収される。『アチェベが傑出しているのは、キリスト教植民地主義の論理をとらえたうえで、それを唯一の悲劇の要因とはせず、むしろ触媒として描いているところだろう。』