愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

精神を病み入院していたジュリーは、企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるペテールの世話係となる。しかし凶悪な4人組のギャングにペテールともども誘拐されてしまう。ふたりはギャングのアジトから命からがら脱出。殺人と破壊の限りを尽くす、逃亡と追跡劇が始まる。


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 さくっと読める長さで、ハードボイルド的な文体で描かれる逃亡劇で、スピード感があって映像映えするようなアクションシーンもあって面白かった。解説によると『彼の文体は、「フローベルとハメットの婚姻」とでも呼びたくなるような独創的な達成を見せています。』とのこと。
 精神病院に入っていたジュリーは、その施設から企業家アルトグに連れ出されて、彼の甥ペテールの世話係として働くこととなる。アルトグはもともとは裕福ではなかったが、相続で不意に金持ちになった男で、彼は何故か障害を持っている者を選んで雇っている。
 アルトグのかつての友人フエンテスは、しばしばアルトグのもとに来て彼を殴っていくが、アルトグはそのことで何故か警察を呼んだりしない。
 そうした描写を見て、アルトグの家庭や周囲に漂う荒れた雰囲気を感じる。そのため社長は急に金持ちになったから精神的に色々と不安定で、そうした状況になっているのかと思って天界に不自然さを感じさせなくする。しかし実際にはそうした立場の変転ゆえの行動ということには間違いはなかろうが、アルトグのそうした行為には狂気ゆえの無秩序ではなく、意図していたことがあったと真相を知って驚いた。
 ジュリーがペテールを散歩に連れ出したときに二人は誘拐される。そして犯人たちはジュリーの病歴もリサーチしており、彼女の病歴ならば信憑性が出ると踏んで、彼女が自分自身でペテールを誘拐したと見せかけるために彼女に脅迫状の署名をさせる。
 この誘拐された段階では、この誘拐をめぐった誘拐犯と脅迫を受けた側の話になるのかと思った。しかし二人は生命の危機に瀕することになったこともありジュリーがそうした状況でおびえたりせずに、躊躇なく誘拐犯を打ち倒すようなアクションシーンが入ってくる。そして一旦彼らの魔の手から逃げたものの、彼女には警察に対してトラウマ的な苦手意識があるため警察には頼らずに、アルトグのいるであろう場所へとペテールの手を引きながら逃げることになる。そして物語はアクションシーンが多い、追走・逃亡劇となる。
 ジュリーもそうして警察を避けて、逃走用の足を手に入れるためにした行為の過激さ(ヒッチハイクに応じた運転手を色仕掛けで誘惑したのちに殺す)でより一層警察を頼れなくなる。そうした状況下でどう落着するのか、また事件の全景が中々見えてこない。そうして今後どう展開するのか興味を持たせながら物語は進行する。
 そしてジュリーたちは逃げているところを誘拐犯であり殺し屋のトンプソンらに発見されて、襲撃される。そうして路上での銃撃を受け、そこから逃れてスーパーに逃げ込んでもそこでも銃撃されて、ジュリーは火で反撃して一人を打ち倒す。そうした映像映えするような大立ち回りの迫力あるアクションシーンが展開される。
 怪我を負いながらもアルトグの隠れ家だと思っていた場所へと到着したが、そこで彼女を向かえることになったのはフエンテスであった。実はその建物はフエンテスが作ったもので、アルトグは奇妙ながらも魅力あるその家を造った彼に嫉妬して、自分が作ったと偽ったということだった。
 この自然豊かな場所でペテールは解放されて、快活な少年となる。それが生来の気質でアルトグに与えられた環境によって歪められていたのか、それともそれは今回の誘拐と逃走劇を経たことでふっきれて、そういう性質が表に出てきたのかはわからないが。
 以下ネタバレあり




 そして、この事件の黒幕がアルトグであることが判明する。
 明かされてみれば納得だが、アルトグが障碍者を雇っているのは、最期に甥を始末する段になって、精神病者を甥の世話係りとしてつけても不自然でなくするためか。そして彼女の狂気ゆえの犯行ということにして、二人の行方知れずで終わらす算段だった。
 以前からのフエンテスへの対応については、彼の才能への羨望と同時に、消すにはもったいないと思っていたのか。あるいは単純にアルトグが自分自身を少しおかしい奴だと見せて、そうした精神病者を甥の世話係りにしても不自然じゃなく見せる演出の一環だったのか。それともジュリーが勘違いしていたみたいに彼を黒幕として怪しませるためのデコイだったのかはわからないが。
 そしてここまで逃げたことで、甥とジュリーの二人だけでなく、フエンテスも標的となる。
 そして山にあるフエンテスの家での銃撃戦となる。その最終決戦は血みどろの戦いとなる。この戦闘でも相変わらずジュリーが活躍し、成長したペテールの一撃でこの事件も幕を閉じる。