罪悪

罪悪 (創元推理文庫)

罪悪 (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

ふるさと祭りで突発した、ブラスバンドの男たちによる集団暴行事件。秘密結社にかぶれる男子寄宿学校生らによる、“生け贄”の生徒へのいじめが引き起こした悲劇。猟奇殺人をもくろむ男を襲う突然の不運。麻薬密売容疑で逮捕された老人が隠した真犯人。弁護士の「私」は、さまざまな罪のかたちを静かに語り出す。本屋大賞「翻訳小説部門」第1位の『犯罪』を凌駕する第二短篇集。

 シーラッハ二作目。20ページに満たない短い作品の多い短編集だけど、その中に事件の前後の顛末とその事件に関わった人物の人生なども描きこまれていて、それで短さを感じさせないのがすごい。
 ネタバレあり。
 今回は「鍵」や「精算」といったラストであっといわされる作品が特にお気に入り。
 「ふるさと祭り」冒頭から後味の悪い作品だが、短いからすぐ次にいけるのもいいね。通報した人も仲間内での糾弾が怖いのか、それとも彼女に同情はしたけど仲間も守りたかったのか、名のり出ない。そして全員黙秘して、そのうちの多くが罪を犯していることがわかっているのに無罪となる。
 そしてなりたての弁護士だった著者を思わせる人物が、誠実に職務を果たすには罪を背負わなければならないという経験を初仕事で経験し、無垢ではいられない現実を早々に直視することになった。
 「遺伝子」事故で不逞な老人を殺してしまいそれを黙っていたカップル、19年後科学の発達で逮捕されることになった。二人は社会に溶け込み、家庭を築いていたが、その過去のことが明らかになって二人は心中した。罪とはいえ、因果とはいえ、その結末は物悲しい。特に壁を塗り替えたばかりの自宅を汚したくないと思って外で自殺したなんてことを書かれると、いっそうそのように感じてしまう。
 「子どもたち」冤罪が証明されるも覆水盆に返らず。今は新しい小さな幸せを手にしているのはよかった。しかしその背後に悲劇があり、前後の変化でくたびれてしまったであろうから彼のささやかな幸せに、ほっとすると同時に少し悲しくもなる。
 犯罪が関わっているのだから当然かもしれないが、今回は哀愁を感じるようなビターな後味の短編が多いな。
 「間男」偶然にも知っている人間が夫婦の秘め事に関わって、知人の男に妻を抱かえてしまった。そうして現実と繋がってしまったことで、夢は覚めて夫は我にかえった。そのことでの混乱だったり、今までの自分の行いへの憤りををその男にすべてぶつけた。加害者被害者共に互いに外聞よくないから、真実を明かさず、妻の嘘の物語の証言を事実として、浮気への嫉妬によるものとして事件は終わる。
 「アタッシェケース」こうした謎めいた、深い闇があることはわかるが、その闇に深く踏み入れる前にぶつんと事件が終わってしまう。こうした怖い謎の組織の存在をほのめかして、恐ろしいと思わせてそれが謎のままで終わるエピソードはわりと好きかも。
 「鍵」本短編集で一番長い、といっても40ページに満たない短編。頼れる相棒フランクがへまをしたことで取引相手に脅迫されることになった麻薬の売人アトリス。彼の頭はよくないことを印象付けて、脅迫者に唯々諾々と従っているように見せて、最後でその脅迫者に知恵で痛い目に遭わせて、結果大もうけで祝杯を挙げることになった。この最後の一瞬で、実は間抜けだった人間と用心深かった人間の立ち居地は逆だったということが明かされるラストは素晴らしい。
 「精算」練っていた計画通りに遂行されたこれまでの酷い生活の清算、その酷さへの同情から計画の中の不自然な部分を裁判長・弁護士がともに見逃していたのだということがわかるラストいいね。
 「秘密」弁護士が著者の名前で呼ばれたが、他の短編でも同じ弁護士が携わったという設定でいいのかしら。
 少し頭が空想に満たされた人物が医者に行ったほうがいいと弁護士に勧められて了承したが、同行したときに彼は自身が弁護士(シーラッハ)と名のり、弁護士が頭がちょっとと紹介したという小話。最後の短編で、作者(自身)の頭が云々といわせて終わるというのはちょっと笑った。