帰ってきたヒトラー 上

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

内容(「BOOK」データベースより)

2011年8月にヒトラーが突然ベルリンで目覚める。彼は自殺したことを覚えていない。まわりの人間は彼のことをヒトラーそっくりの芸人だと思い込み、彼の発言すべてを強烈なブラックジョークだと解釈する。勘違いが勘違いを呼び、彼はテレビのコメディ番組に出演し、人気者になっていく…。

 以前から気になっていた本で、文庫化したら読もうと思っていたので存外早く文庫化してくれたのは嬉しい。帯を見ると、映画公開にあわせた文庫化みたいだ。
 滑稽劇であると同時に史上最悪の悪人と目される人物が、そのままの行動をしているのに、あっさりとコメディであると思って、しかしその過激な主張が人気を博す恐ろしさを描いた小説。そして実際に現代にヒトラー的なものが別の顔で出てきたときにわれわれは抵抗できるのだろうか云々と、そのような紹介をされることが多い作品。まあ、まだ上巻時点では人気を博すといったところまでは行っていないけれど。
 一章が短く、展開もスピーディーでとても読みやすくて、面白かった。
 序章の英米ソ連に敗れてなお、ドイツ国民が生存していることを『大きな謎』(P13)としているように、自分の計画に国家と国民を無理心中させようとして、そのことをいささかも疑問を持っていない。その冒頭の言葉だけで、ヒトラーの異様な思考を印象付けて、共感できないところから始まる。しかし現代に現れた彼が様々なギャップに戸惑ったり、勘違いしたりすることを楽しんでいくと、めげずに行動する彼の印象が、変わり者で放言するが憎めないおじさんという印象に変わっていく。

 死んだとされる日からタイムスリップして、なぜか2011年8月30日のベルリンで目を覚ましたヒトラー
 そうして突如として大きく変化した未来(現在)で目を覚ましたヒトラーはそうした不可解な事態に直面しても、自信満々に私なら対処できると思い、困惑した姿を見せずに直ちに事態の把握に努め、行動を始める。彼がそうして自信満々で行動している姿は滑稽味があって、面白い。
 周囲の状況が大きく変化して、というか知らない時代(未来)に来ても精力的に活動するヒトラー。彼が何一つこの時代に持ちこめたものは自分の体一つだけで資産もなく知己もいないのに、一向にへこたれずに善後策を練っているのが凄いわ。
 大戦時と現代の常識の違いや、技術の進歩に見せる彼の反応だったり、そうしたものについて見当はずれな理解をしていたりすることも面白い。また彼のめげなさと現代で何も持っていない境遇など、頑張れと読み手に思わせるものがある。
 彼がこの時代に目覚めた理由を考える。そして彼はこの異常事態が起こった理由を、国の危機を救える人物を呼んだのだと結論付けた。そして偉大な人物たちの中から自分が選ばれたのだと思い、使命感に燃える。
 現代に現れたヒトラーは、当然ながら誰からも本物だとは思われず、キャラをつくりこんだコメディアンと思われる。そして過激なブラックジョークなどを発するコメディアンとして、事務所に所属してテレビに出演することになる。
 そしてそれなりに反響を得たというところで上巻は終わる。