帰ってきたヒトラー 下

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

テレビで演説をぶった芸人ヒトラーは新聞の攻撃にあうが民衆の人気は増すばかり。極右政党本部へ突撃取材を行なった彼は、徐々に現代ドイツの問題に目覚め、ついに政治家を志していくことに…。静かな恐怖を伴ったこの爆笑小説は、ドイツで大反響を巻き起こした。本国で二五〇万部を売り上げ、映画で二四〇万人動員したベストセラー小説の待望の文庫化。


 テレビ出演時の映像がユーチューブに流されて話題となったヒトラー
 彼のビジネスパートナーであるベリーニ女史は本物のナチではないことを確かめるために彼を調査して不都合な証拠は見当たらないが、同時に彼に関するものも当然に見当たらない。そのためもしかしたら本物のヒトラーではという考えがわずかに頭をよぎったようだが、当然のことながら自分でも本気にはしていない。
 ビルト紙が彼のイメージダウンのために彼を追跡し良からぬことをしているようにも見える写真を撮る。そして昼間から飲酒とか女性との関係とかについての捏造攻勢をかけて、不謹慎なこの男をこらしめようとする。その新聞のインタビューに応じたが、発言を自分たちの思う彼の像にあうように編集された記事が載る。ビルトが意図して悪意に取っているから、同席した事務所の人々は怒っている。しかし奇跡的な偶然でこのコメディアン・ヒトラーは実はヒトラー本人であるから、結果としては描き出された姿はあながち間違っていない。
 しかしビルトの更なる攻撃の一矢であったインタビューでその場の支払いをビルト紙のインタビュアーがしたところを撮影したところを、ヒトラー側は『総統の支払いを<ビルト紙>が?』というキャッチコピーをつけて商品化したことで状況は一変する。
 それに抗議するビルト紙だが、裁判所はヒトラー存命中にこの新聞はなかったし、現在にいるのはコメディアンである総統ヒトラーで、彼にインタビューした時の飲料の支払いを持ったのは事実、そして新聞自身先鋭化した言動を取っているので同様のことをやられたときには相当程度許容しなければならないとして棄却される。
 そして社のイメージダウンを嫌ったビルト紙は敗北を認め、その商品の販売を停止するかわりに件のヒトラー追跡レポートを中止し、彼の芸へのよいしょ記事を2回書くことになる。
 そうやって捏造で攻撃されて、それにへたらずに対抗して勝利する。そうしたシーンは読者を彼の側に感情移入させるような効果がある。またこの場面は、いつのまにやら彼の側に感情移入させられていることに気づかされる場面でもある。
 そのように攻撃も退けて、現代でも着々と地歩を固めていくヒトラー。常に焦らずに行動していてわかりやすい悪人・幸運者というのではなく、一角の人物という感じがでている。
 クレマイヤー嬢から彼女のユダヤ人の祖母が家族を全員殺された話を聞かされても、別段同様もせずにどう説得すべきかと考えていることに彼の怪物性を感じる。『ヒトラーが悪者としてではなく人間的な、あえて言えば魅力ある人物として描かれている』(P283。訳者あとがき)からこそ、ふいに垣間見せるその暗黒にぞっとする。
 そしてヒトラーの活動をドイツを侮蔑した行為だと見なしたネオナチによって襲撃されて、大怪我をする。しかしその時に毅然とした対応をしたことで逆に彼の株があがって、その行為を自分たちの善いほうに解釈した多くの政党から入院中の彼に対してオファーがくる。「新しい」本のオファーもくる。
 そして入院しているヒトラーが病室で次の一手をどうするか思案しているところでこの本は終わる。
 解説によるとこの小説のヒトラーは、あらゆるジャンルの読者が異口同音にばっちりな出来と口をそろえるほど本質をついた姿であるようだ。