新装版 匣の中の失楽

内容(「BOOK」データベースより)

推理小説マニアの大学生・曳間が、密室で殺害された。しかも仲間が書いている小説の予言通りに。現実と虚構の狭間に出現する5つの“さかさまの密室”とは?’78年、弱冠22歳の青年によって書かれたこの処女作は「新本格の原点」、「第4の奇書」と呼ばれる伝説の書となった。いまだ色褪せない未体験の読書を今こそ!


 ミステリーの四大奇書ということで名前は知っていて少し気になってはいたから、新装版で文庫化されたのを機に読む。
 作中の登場人物であるナイルズこと片城成が現実の友人たちや場所、出来事を書いた探偵小説という設定。ナイルズを含む推理小説愛好者たちのグループは、不可解な事件に遭遇して、それでメンバーの死んだことを悼みながらも自分たちの前に現出した推理小説的な出来事にいささか不謹慎な高揚を抱きながら、その事件について各々の推理を語っていく。
 そして各章の初めの方で、その前章が小説ということになる。そして他の登場人物たちがその小説を読んで、前章(小説)で起こった事件や出来事と「現実」(その章における過去の真実)との差異について説明される。
 そのようにメタフィクションなミステリーで章をまたぐと過去にあった出来事が変わる。そして奇数章・偶数章でわかれている。
 推理小説愛好者であり、不可解な状況なのでその事件を演出したのも仲間内の誰かだと全員が思っている。しかし恐怖感を覚えるのではなく、むしろ犯人も同じく推理小説愛好者で真相を推理で導き出したならばそこで事件は終わりとなると思っているというのもあるのか、皆が推理に熱中する。

 第一章で起きた事件。倉野は家で失踪していた友人曳間が死んでいるのを見つけた。彼は帰宅時に曳間の靴の他にデザート・ブーツがあったが、そのあと見るとその靴はなくなっていた。それで犯人が倉野が帰宅してそれを見るまで、それを置き、その直後に帰って行った。そのような行為は犯人からのメッセージ、演出された事件であるとの証。そうした直観もあり、犯人もまた仲間で探偵小説愛好者たちへの挑戦という意味合いもあると思ってか倉野は警察に靴の件を話さず、密室状態だったから自殺と判断される。
 そして仲間内で、その事件についての推理が話されることになる。探偵小説通の人間の犯行だから、偶然の犯行などということにはせず、きちんと練ったトリックを用いていることを前提として推理することになる。
 第二章では曳間がナイルズの書いた小説『いかにして密室はつくられたか』を見て、その作中の出来事についてあれこれ言葉を交わすところから始まる。そして二章では密室から真沼が姿を消し、そこに結婚だけが残っていたという事件が起こり、それについて皆は色々な意見を出して、真相を探る。衒学的な知識とともに語られる推理を読むのも楽しい。
 そして一章、二章ともに謎はとかれぬままに次へと進む。
 第三章は第二章が物語となり、第一章で書かれた曳間の事件があった世界。第二章で第一章の事件が劇中劇という扱いなのと同じように第三章では第二章の事件は劇中劇となる。そのように章ごとに起こった事件は異なり、登場人物の性格や関係にも少し異同がある。
 そして、ここではナイルズの小説『いかにして密室はつくられたか』が雛子の親の死を予言したような形となり、そこから小説の中の出来事も何かしら現実の事件と関係があるのではないかと思う。
 そして他の面々は、その小説を推理の参考材料にしたりもするようになる。
 奇数章は奇数章で、偶数章は偶数章で物語がつながっている。そのため各章で事件がいったん宙づりになって未解決のまま次の章に行って、その部分はフィクション扱いとなって、しばらくその事件の続きを待つことになる。しかし交互の構造なのか、基本交互だが偶数章間・偶数章間でも差異があるのか、それとももっと複雑で各章ごとに全く別なのかがわからなかったということもあってか、いささか注意力散漫になってしまっていた。今度読むときはその構造をわかった上で読もう。
 結局奇数章の物語だけが解決されて結末へと至り、偶数章の事件は解決されていない。読み終えて、未完の大作と表現されている理由はここにあるのかと納得した。