ブロディーの報告書

内容(「BOOK」データベースより)

「鬼面ひとを脅すバロック的なスタイルは捨て…やっと自分の声を見いだした」ボルヘス後期の代表作。未開の蛮人ヤフー族の世界をラテン語で記した宣教師の手記「ブロディーの報告書」のほかに、直截的でリアリスティックな短編一〇編を収める。

 まえがきでボルヘスが『ストレートな短編』(P9)とあるように、ボルヘスらしい幻想的で難しい物語ではなく、リアリスティックでわかりやすい物語の読みやすい短編集。
 ガウチョや無法者たちが登場する短編が多い。そして誰かから聞いたというところから、始まる物語が多め。
 個人的に特に面白いと思ったのは「じゅま者」や「フアン・ムラーニャ」のような意外な結末の短編。

 「じゃま者」ニルセン兄弟という荒っぽい性質の兄弟、二人の仲が良かった。しかし二人が共にフリアナ・ブルゴスという女性に惚れたことで関係がぎくしゃくしだす。
 『荒っぽい場末では男は口がくさっても他人に、また自分に、女を欲望と所有の対象以上のものと考えていることを言ってはならなかった。それなのに、二人は恋をしてしまったのだ。二人はそのことを恥じている様子だった。』(P21-2)こうした彼らの常識があから彼女に恋し、愛していることを自分にも隠していた。
 そうしたこともあって二人は彼女を共有しようとするも当然うまくいかず、そして彼女を娼家に売り払うことで解決しようとした。しかし二人とも彼女のことが忘れられずそこに足しげく通うようになった。その娼家で兄弟が顔を合わせたときに彼女を買い戻すことになる。
 だが、元に戻っても解決するはずもなく、二人は兄弟愛が深いから互いには苛立ちをぶつけないが他のものにその苛立ちをぶつけていた。
 そんな状態となったことで、兄は仲違いの原因となった(二人が恋している)彼女を亡きものにして、兄弟でその遺体を埋めに行く。それが終わった後に『兄弟は固く抱き合った。泣いているようにも見えた。いまでは別の絆が兄弟を結びつけていた。犠牲になった哀れな女と、その女を忘れなければならぬという義務である。』(P25)
 てっきり二人の対決となると思ったので、そのラストに驚いた。10ページ弱の短編だが印象的。
 しかし自分が恋している人に対して無茶苦茶する。彼らの常識・価値観が恋する男を認めなかったので、そのように「解決」することしかできなかったという悲劇というか。
 解説にあるように、たしかにこの短編は『怪しからぬ心がけの無法者たちの兄弟愛、というよりはむしろほとんど同性愛的なものが底流している物語です。』(P190)
 「めぐり合い」ある屋敷でのバーベキューパーティーをしていたとき、ウリアルテはダンカンがカードのいかさまをやったと騒いだ。当初相手を無視していたが、あまりの悪口雑言に無視しかねて殴ったら、ウリアルテは決闘をしろと迫ってきた。
 そして『よせばいいのに、ある男が、得物はこと欠かない、と言った。』(P62)そして二人は、屋敷の主人が名の知れた使い手の持っていたナイフのコレクションからそれぞれナイフを取り出して決闘をすることになる。
 周囲の人も決闘という珍しいものが見られるという期待もあって、分別が働かなくなっており、それを制止する者がいなかった。
 その決闘が見事なもので周囲は見入っていた。しかし服が血に染まったことで見世物のように見ていたのが間違いだったことに気付き、例のナイフコレクションがある戸棚を教えた男も『本気で殺る気らしい。やめさせろ!』(P64)と叫ぶ。
 しかし刃を交えさせている決闘に割って入る勇気を持つものがおらず、決着まで至ってしまった。
 後に語り手がそのエピソードを他人に話した時に、両方のナイフの持ち主に因縁があり、もしかしたらナイフが二人を動かし素人同士の決闘をちゃんとした使い手同士の決闘に変えていたのかもしれないということが書かれて終わる。
 「フアン・ムラーニャ」有名なフアン・ムラーニャという無法者の伯父を持つトラバニの話。昔、彼と母親は小さな家に暮らしていたが、その屋根裏にはムラーニャが姿を消して(死んで)から少々頭のおかしくなった伯母が住んでいた。
 家主から家賃不払いで追い立てられるかもという噂が聞こえてきた時、『叔母は馬鹿のひとつ覚えのように、グリンゴがわたしたちを追い出そうたって、そうはいくものか、フアンが許しゃしない』(P74)といっていた。翌日に母とトラバニ少年が家主に家賃の猶予を願い出ようと家主の下にいると、警官がその家の前にいて、人だかりがあったその人だかりで話を聞いているとどうやら家主が殺されたらしいことがわかった。
 何か月もそのの話題が持ち切りとなっていたが、その事件に対して伯母は『わたしの言ったとおりだろ。あのグリンゴがわたしたちを追いだそうとしても、フアンが許しゃしないってね』(P78)と言っていた。
 ある土砂降りの雨の日にトラバニ少年が家を探検することにして、伯母のいる屋根裏部屋まで上がった時、いつものようにフアンが助けてくれたんだと言っていた。それに少年が『フアン伯父さんは十年以上も前に死んでいるんだよ』と言うと、叔母はフアンはここにいるよといって、テーブルの引き出しからナイフを取り出して、『さあ、ごらん、わたしは知ってた。フアンが見捨てるわけがない。どこを探しても、あんなおとこはいないよ。あのグリンゴもあっさりかたづけちゃったのさ』(P79)と穏やかな声で言った。それを聞いて伯母が家主を殺したことに気づく。
 最初は家主が偶然に別の因縁でこのタイミングで殺されて、それを伯母がフアンのおかげだといっているだけで、それを信じる伯母のことを描いた話かと思っていた。だから、伯母がフアンのナイフ(フアンの力)で始末して、そう言っていたことがわかって驚いた。誰も気づかずに伯母が抱いていたその狂気だったり、伯母の主観では真実を言っているだけだが真実に気付かなかったところにミステリー的な面白さがある。
 「争い」二人の女性芸術家の争いの話。こうした互いに相手を強く意識しているが、表立った対立とかでなく、純粋に絵で争っているという感じなのがいいね。こういう関係性は好き。
 「ブロディーの報告書」表題作。解説にもあるように「ガリヴァー旅行記」的な架空の部族について書かれている話。