西洋学事始

西洋学事始 (中公文庫)

西洋学事始 (中公文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

紋章学、占星術、古銭学、美味学、詩学…これら「西洋学の裏通り」を探索することで、ヨーロッパの歴史・社会・文化に通底する西欧思想の原形質をつきとめ、時代の風化に耐えぬく堅固で重層的な西洋的近代知の存続を確認する。西洋学の愉悦にひたる一冊。


 占星術や古銭学、紋章学など西洋で発展した比較的マイナーな(哲学や経済学や物理学ではない)学問分野について書かれている。1つの学問分野について1章を割き、各章二十数ページでそうした学問の歴史などが説明されている。
 「占星術――存在の連鎖の解明」十二星座の名称は『かならずしもみかけ上の形姿からつけられたとはかぎらないようにもおもわれる。うお座みずがめ座は、西アジアの人びとにとっては、恵みの雨がおとずれる季節に、ちょうど東の地平線上に出現する星座だったのではあるまいか。(中略)ことによると、てんびん座は、メソポタミア世界で、裁判や商いがおこなわれる時節にかがやいていたのであろうか。』(P13)著者の想像だが、形から連想してというよりも納得がいく説明だ。実際にどうだったのかちょっと興味がわく。
 占星術の誕生推知法、個人の誕生あるいは懐胎の時点での星座状態がその後の人生を決定するとするもの。『個人の運命は生誕とともに不動のものとなる。このような厳格な決定論は、後世までひきつがれるものの、かえって反発をまねき、古代ではグノーシス派のように星辰の必然性からの解放に、魂の自由をみようとするものもあらわれる。』(P16)
 1179年トレドのヨハネスという人物が天体の特異事件と同時に世界の大破局が起こると予言。『世界の大破局はおこらなかったものの、占星術はかえって、ヨーロッパに人気を博することになった。』(P21)
 「紋章学――個と群の標識術」紋章は12世紀の前半に誕生し、そこからすぐに広まっていった。紋章官は『主君の廷内にあって、各地、各人の紋章を調査した。音楽師や吟遊詩人たちとならんで、かれらは、諸侯にとってだいじな家産官僚であった。』(P65)現在まで残った紋章図集は彼らが先代から受け継いだ、あるいは自分用に作った備忘録・あんちょこだっただろうという話はちょっと面白いしなるほど。
 『法律学や財政学とならんで、紋章学が国家の学となったのであり、そのことは十九世紀をこえても、動かしがたい事実としてのこった。大革命によって、紋章を国家役務の外においやったフランスはもっとも開明的だったのだが、スウェーデンデンマーク、スペインでは二十世紀にいたるまで、国家の仕事たるをやめなかったほどだ。』(P73)
 「古文書学――近代の学知か」17世紀のフランス、絶対王政になったことで貴族たちは王に根拠のない権利などを没収される危機にさらされた。貴族たちはその特権は古来から認められていることを示す古文書によって証明することで、王に対抗する。ルイ十三世の時代に、そうして盛んに法廷で特権について争われたことは「古文書戦争」と呼ばれているというのは面白い。それを主題にした本をちょっと読んでみたくなった。30年戦争で疲弊したドイツ領邦でも、権利や財産が認められるために古文書をもってきて争うことが盛んに行われた。
 そうした時代もあって、古文書の文章の書き方や言葉遣いなどから、真偽を見極める古文書学が生まれた。
 「カノン法――教会には法がある」教会と結婚に関する二つの考え。まず結婚は世俗の人間関係だから、教会はこれに関わるべきでないという考えがある。『じっさい、キリスト教二〇〇〇年の歴史のうちその前半期には、結婚の祭儀はかならずしも教会で行われていたわけではない。洗礼と終油(死亡時塗油)とにくらべれば、比較的ないがしろにされてきた。』(P147)
 もう一つの考えは『結婚は神秘的な手続きを踏んでおこなわれなければならない。』(P147)というもの。『この見方は、初期からあったとはいえ、本格的にみとめられはじめたのは、中世のなかごろからであった。一一、二世紀ごろになって、教会内での儀式についての意味の解釈がさかんにおこなわれ、やがてはしだいに結婚は、こんにちあるような地位を獲得するようになってゆく。
 ふたつのかんがえかたのあいだには、はげしい論争があったとみえるが、十二世紀の神学者ベトルス・ロンバルドゥスの時代には、ほぼ異議なくみとめられる一致点が生まれた。』(P147-8)そして秘蹟サクラメント)の1つになった。
 「分類学――分割して統治せよ」生物分類、ラテン語で名付けられた7つの段階。それぞれ界regnum(レグヌム)、門phylum(フィルム)、綱classis(クラシス)、目ordo(オルド)、科familia(ファミリア)、属genus(ゲヌス)、種species(スペキエス)。日本語では具体的なイメージがわかない。しかしラテン語の名称を見るとレグヌム(界)は王国という意味。フィルム(門)はギリシア語phylonから作ったもので『ギリシア語の原義は、種族の意であり、ほぼひとつのポリス内に数個含まれる種族のことをさしている。』(P207)そしてクラシス(綱)は貴族や平民などの身分階層を表示した語で、『ひとつの王国に一〇個居ないしか存在しない階序列にあたる。』『オルドは、もうすこし多い。例えば、キリスト教カトリックの教会職の階序は八つにわかれているが、これはオルドである。』(P207)ファミリアは家族。『いずれにしても、この七階級の名称は、どれもじつに、社会的な意思政治的な階序にみごとに対応している。』(P208)