世にも奇妙な人体実験の歴史

世にも奇妙な人体実験の歴史 (文春文庫)

世にも奇妙な人体実験の歴史 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

性病、毒ガス、寄生虫。麻酔薬、ペスト、放射線…。人類への脅威を解明するため、偉大な科学者たちは己の肉体を犠牲に果敢すぎる人体実験に挑んでいた!梅毒患者の膿を「自分」に塗布、コレラ菌入りの水を飲み干す、カテーテルを自らの心臓に通す―。マッド・サイエンティストの奇想天外、抱腹絶倒の物語。

 主に果敢なチャレンジをした自己実験者たちのエピソードなどが書かれている。医学系の話が多め。奇人伝的でもあるかな。

 1章「淋病と梅毒の両方にかかってしまった医師――性病」はジョン・ハンターの話。淋病と梅毒は同一か別の病かを確かめるために、淋病患者の膿を自身の性器を傷つけた上に付けた。そうすると梅毒の症状もでた(実は淋病患者は梅毒も感染していたためそうなった)ので、同一の病だと考えたというエピソードが紹介される。しかしその前の解剖を盛んにしたジョン・ハンターの話、当時の墓泥棒の話や現代の秘かに遺体の臓器を横流ししていたところがあったという話が枕として書かれているが、この章に限らず分量的には枕の方が分量が多いのも珍しくない。
 2章は麻酔薬の話。危険な薬物もかつてはカジュアルに使われていたという話、そして本題である麻酔の自己実験者の話が書かれている。『麻酔の先駆者の四人が、麻酔剤を自分でテストするうちに中毒者となった。』(P59)
 4章は実験ではなく、変わった食べ物を食べた人の話が書かれていて、他の章とはちょっと色合いが異なる章。
 5章は寄生虫に関する話。『調査の結果は、住血吸虫の感染者が糖尿病や慢性関節リウマチや多発性硬化症を滅多に発症しないことを示している。(中略)体内に侵入した寄生虫は、免疫チームの「オフィスマネージャー」である制御性T細胞によって異物として認識される。制御性T細胞の任務は、宿主の免疫反応を動員して侵入者を撃退することである。人類は常に寄生虫に寄生されてきたから、制御性T細胞はこれまで忙しく働いてきた。おそらく、「慣れ親しんだ同居人」を追い出してしまったために、失業した免疫細胞が暴走し始め、自己免疫疾患を引き起こしているのだろう。/ 一方、寄生虫を利用して病気を治療できるようになるかもしれない。糖尿病になりやすくしたマウスに住血吸の抽出物を与えたところ、糖尿病を発症しなかったという。この実験結果は、人間用の糖尿病開発の可能性を示唆している。炎症性腸疾患の患者に対しておこなわれたじっけんでは、鞭虫を定期的に投与すると症状が消えるという結果が出た。/ 炎症やアレルギーは通常、過剰な免疫反応によって引き起こされる。鞭虫や住血吸虫や鉤虫といった寄生虫は、自分を攻撃してくる宿主の免疫反応を弱めることによって宿主の体内で生き延びる。イギリスのある医学研究所で働いているジョン・タートンは、意図的に鉤虫を体内に取り込んでみたところ、二夏のあいだ花粉症の症状を軽減することができた。鉤虫を駆除すると、アレルギー症状は復活した。』(P124-5)寄生虫の効用。いることで、病気になりにくくなったりアレルギーを抑えられたりもする。花粉症が抑えられるというのはいいなあ。
 12章は第二次大戦下のロンドンでの不発弾処理班の人たちや、良心的徴兵忌避者で疥癬にかかってそれに治療する実験など様々な実験に自ら志願した人たちの話。
 13章「ナチスドイツと戦った科学者たち――毒ガスと潜水艦」第二次大戦期などにさまざまな自己実験をしたジョン・ホールデン、ジャックホールデンの父子の話が書かれる。
 『ジョン・スコット・ホールデンは、空気の室が人間の健康に与える影響について熱心に研究していた。スラム街の住居や工場や下水管の空気を分析・比較した結果、下水管内の空気は学校内のそれよりもましであることが明らかになった。』(P275)このエピソードは思わず少し笑ってしまう。
 ジョンは自分とマウスが同じ濃度の有毒混合ガス(空気と一酸化炭素)を吸入する実験をした。ぐったりするまでの時間がマウスは1分半、ジョンは30分だった。小鳥はマウスよりも代謝速度が速くさらに敏感。『この研究がきっかけになって、有毒ガスの早期警報システムとしてカナリアが導入されることになった。意識を失うと同時に止まり木からおちていじょうをしらせるように、カナリアはかぎ爪が切られていた。』(P276)鉱山のカナリアは、もっと昔からあった知恵なのかと思っていたが、近代に発見・導入されたものだったのね。
 14章「プランクトンで命をつないだ漂流者――漂流」。最も効果的な人工呼吸を確かめる実験のために、『パスクの心臓は十六回停止した。』(P300)というのはすさまじいな。
 漂流した時に生き延びるためにどうすればいいのかの実験。ボンバールは自ら『食料も水を持たずに漂流し、海上で調達できるものだけで生き延びるという実験』(P306)をする。
 彼は中古のゴムボードで大西洋に出る。その漂流中、彼は魚を絞ってでたジュースで水分を確保し、また同じく魚でタンパク質を得た。そしてクジラは人間と同じく体内でビタミンCを合成できないのに壊血病にならないのはその餌に秘訣があると考えて、漂流中網でプランクトンをすくいあげて、小さじ二杯分飲んでいたことで壊血病にかからずに済んだ。
 『日が当たると、あらゆるものの表面が塩の結晶で覆われた。塩が湿気を吸収するため、あらゆるものがいつもジメジメしていた。』(P310)そして嵐にあった時に防水布で雨水を集めても、ゴムボードの中のものは塩がたっぷりついていたので海水よりも却って塩辛くなった。そうした言われないと気づきにくい、想像のつかない不便さや良さなどが書かれているのを読むのは面白い。
 65日後に実験は終了。25キロ減、体中に吹き出物と視力に一時的障害もでたが無事に生還。彼は『四十三日間魚のしぼり汁だけを飲み、十四日間は海水だけを飲んで、彼は生き延びた。魚の目にかぶりつかなかったのはしっぱいだった。彼よりのちに漂流した人が語ったところによれば、魚の目は「真水の塊」だとのことである。』(P314)