あなたの人生の物語

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 kindleで読了。短編集。ネタバレあり。
 世評が高いSF小説で以前から気になっていたがようやく読めた。地獄が実在することがわかっている世界とか宗教を題材にした短編も多く、そうした特殊な世界設定での人を描いた小説科学の未来的なSFではなく、現実とは異なる法則を持つ特殊な世界での人々の心情を描くようなタイプの作品群。短編ごとに興味深い世界設定があって面白い。人気なのも納得。特に印象深かった短編は「あなたの人生の物語」と「地獄とは神の不在なり」、それと「顔の美醜について」。
 「バビロンの塔」バビロンの塔で働く鉱夫を主人公とした短編。空に天上があり、その空の果てを目指して塔を築いている世界。神に近づく、世界を知るための行い。
 そうした一大プロジェクトで世界の天上までたどり着いて、その天上を掘り進める。そして上へ上へと行き、ついに天井の先の世界までいけた。しかし昇りきったと思ったら地上に出ていた。そして主人公は世界の上端と下端がつながっていること、そして世界が巧妙に作られていることを理解する。
 新たに判明した事実が神の存在証明とかにならずとも、信仰者にとっては自分たちが暮らす世界の複雑さや巧妙さを知ることで神への畏敬の念が増す。
 自らの世界を深く知ることは、神の業を深く知ること。科学と信仰は必ず相対するものではないみたいなことかな。
 「理解」薬の副作用で、脳の処理速度が大きく向上した主人公レオン。彼を分析しようと学者たちがやってくるが、知能が極めて高くなっているので彼らの偏向や能力不足が見える。
 そのように高い能力を得たレオンは彼を確保しようとするCIAから軽々と逃れ、投資などで注意を引かない程度の金額を稼いで生活をする。超人的な頭脳を得たが、できないこともあり更に薬を注入して能力強化。世界のさまざまな事象のパターンを鮮やかに読み取ることができる。肉体のコントロール、相手の反応のコントロールも可能となる。
 そうして強化した人間にだけわかるメッセージを発されて、自分と同じような人物がいることがわかる。二人は邂逅することになるが、主人公は『この世界を自分の目的の付随物と見なし、一方彼は知能を強化された人間が自己の利益のみにもとづいて行動するのは許せないと思っている。』(N1272)二人のスタンスの違いで対決することになり、敗れ去る。ラストの対決は風変わりな超能力バトルでもあり面白い。
 「ゼロで割る」既存の数学体系を総て崩壊させるような真実に気づいてしまった女性数学者。彼女とその夫の話。その真実を知ってしまったことでの衝撃やその感情を分かち合えないことで二人の関係性の危機が書かれる。
 「あなたの人生の物語」表題作。地球上の言語と全く異なった言語体系を持つ宇宙生命とのファーストコンタクト。その特殊な相手の言語を理解することで、自分の未来の出来事の記憶を得る。それで未来に失って悲しむことを知っていても、その存在や喜びまで失わないため、悲劇があると知ってもその未来を選ぶ。未来を知った上での身の処し方、総てを受け入れる主人公、いいね。
 その特殊な言語を覚えるパートやその言語の説明も面白い。
 「七十二文字」名辞が聖なる力を持っている近代世界。主人公ストラットンは、その名辞の専門家・命名師。画期的な技術を開発するも、画期的過ぎて人の仕事を奪うと偉いさんから目をつけられて、その研究が続けられないように圧力をかけられた。しかしその技術に目をつけてスカウトされる。スカウトされた先で、人間種はおよそ5世代後に子孫を残せず滅亡するだろうことを知らされる。その滅亡を阻止するための名辞をつくることには成功する。しかしその名辞を利用して何らかの基準で子孫を作る人間を選別しようとする動きもでてきて、ストラットンはそれを阻止すべく動く。
 「地獄とは神の不在なり」神の存在がはっきりとわかる世界。地上にしばしば天使が降臨し、その降臨の際には周囲に大きな被害が出る。理解することや測ることができない神や天使。そうした世界で信仰と向き合う人の姿が描かれる。
 ニールは先天性の肉体異常を持っていたこともあって神への愛を持っていなかった。しかも天使の降臨で妻が死亡した。しかし愛する妻が天国にいることがわかって、何としてでも天国に行きたいという強い思いがわいてきた。地獄へ行っても、普通の人の営みをしているようで特別な苦しみを味わうことはないし、それまではそれで良いと思っているが今は地獄は愛する人と永久にわかれることを意味するようになる。そのため妻と再会するために、天国にいけるように懸命になる。
 ジャニスは同じく先天性の肉体異常を持って生まれたが、神の愛を語る人気伝道師でもあった。しかし大天使降臨に居合わせて足を手に入れる。家族や友人は神から報われたのだといったが、本人は他の死に瀕した人などへの奇跡でなく、自分に起こったその幸運に困惑。
 ラストのニールの達した境地が強く印象に残る。
 「顔の美醜について」美醜失認処置をできるようになった世界。ある大学で美醜失認処置を採用するかどうかの決議をめぐる社会の騒動。子供の頃からその処置を受けていて最近はずしたタメラが主人公。そういう処置をしていたので、彼女が今まで気づいていなかった外見がもたらす効果について新鮮な驚きと共に書かれているのが面白い。