インド神話

インド神話―マハーバーラタの神々 (ちくま学芸文庫)

インド神話―マハーバーラタの神々 (ちくま学芸文庫)

 インド神話に関する資料は国内外に多くあるが二次資料を利用して書かれたものが大半。本書では2章を中心に原典(「マハーバーラタ」)に沿った初期ヒンドゥー教神話の紹介をしている。また他の重大な神話であるヴェーダ神話の概観や、「バーガヴァタ・プラーナ」を元にしたヴィシュヌ十化身やクリシュナ伝説についての紹介もしている。
 インド神話では神々はデーヴァ、神々に敵対する悪魔はアスラ(阿修羅)と呼ばれる。『しかし最初期においては、アスラは必ずしも悪い意味で用いられてはおらず、デーヴァと異なる性格を有する特殊な神格を指していた。ゾロアスター教において、アスラに対応するアフラ(ahura)が最高神アフラ・マズダーとなり、デーヴァに対応するダエーウァ(daeva)が悪魔の地位に落ちた』(P18)。そのように全く逆の位置にあるのはちょっと面白い。
 「リグ・ヴェーダ」において最高神はインドラ。後世でも『神々の王とみなされるが、悪魔によってうちのめされたり、修行者の苦行におびえてその妨害をするというような、、総体的に弱い神』(P22)となる。仏教では帝釈天
 『ヴィシュヌは本来、太陽の光照作用が神格化したものと思われる。彼は宇宙を三歩で闊歩すると称えられる。『リグ・ヴェーダ』においては、ヴィシュヌに対する賛歌数はわずかであるが、後代のヒンドゥー教では最高神の一つとなり、その重要性はいやがうえにも高まる』(P30)。
 太陽神ヴィヴァスヴァットの息子で最初の人間であるヤマ(閻魔)。『『リグ・ヴェーダ』においては、最初に死んで死者の道を発見した点が強調され、死者の王として最高点にある楽園を支配するとみなされる。注目すべきはヤマの王国が歓楽に満ちた理想郷とされた点である。』(P31)
 ヒンドゥー教の主神はシヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマー梵天)の三大神。特に前二派は『それぞれシヴァ教とヴィシュヌ教というヒンドゥー教の二大流派における最高神となった。』(P61)
 隠者(ムニ)の  苦行による強力な力。2章「第四話 海水を飲みほしたアガスティヤ仙」では悪魔たちが『学術と苦行(功徳)を積んだ者たちをまず第一に殺すべきである。全世界は苦行によって維持されているから、修行者たちを殺せば、世界は全滅するのだ。』(P100)と述べる。また『インドラをはじめとする神々が苦行を恐れ、天女その他の女性を派遣して苦行の妨害をするという話は枚挙にいとまがない。ヴィシュヴァーミトラの伝説や、前に紹介したダディーチャとアランブサーの話(九九頁参照)はその代表的な例であるが、その他の例として、以下第一一話では天女ティローッタマー、第一二話ではリシュヤ・シュリンガの伝説を取り上げることにする。とくに後者は一角仙人伝説としてわが国にまで伝わった。』(P138)とあるように、神々が苦行を恐れ妨害する。他にもブルグ族の聖者アウルヴァは祖霊の説得を受けて止めたけど、公卿の力で『全世界を滅ぼそうと企て、その公卿の熱によって、神々や阿修羅や人間たちもろとも世界を焼き始めた』(P194)。そうしたところを見るだけでも、苦行によって得られる力がいかに強大なものかがわかる。そうした文化的背景があるから現代でもインドでは苦行者へ敬意が払われているのだろうな。

 インドラ失踪後、英雄ナフシャを神々の王にする。力が弱いと辞退したが、神々は『神々にせよ、聖仙・鬼神にせよ、彼の視界に入ったら、彼はそれらの偉光(テージャス)を吸収して、より強力になるだろう。』(P119)と予言し、その力を与える。元々高邁な人物だったがやがて堕落して、神々は彼を追い落とすために苦心することになる。
 激しい苦行を行ったラーヴァナに感心した梵天は彼の願い『私が神々・ガンダルヴァ乾闥婆)・阿修羅・夜叉・羅刹・蛇・キンナラ(緊那羅)・ブータ(鬼霊)たちに敗北することのありませんように!』(P216)を聞いてかなえてやる。しかしその力で横暴に振舞うに至った。そのためヴィシュヌ神が人間として生まれて、彼を殺すことになる。
 魔王ヒカニヤカシプ、無敵になることを望み激しい苦行を行う。それを恐れた神々は梵天に苦行を止めさせるように頼む。梵天は苦行を止めさせる代わりに、彼の『あなたが創造した者たちによって、私が殺されることのないように! いかなるぶきによっても……。人間によっても、獣によっても、神々や阿修羅(アスラ)や大蛇たちによっても、殺されることのないように!』(P269)という願いをかなえる。ヒラニヤカシプの息子の一人プラフラーダは優れた特性を備えた敬虔なヴィシュヌ信者であった。ヒラニヤカシプは息子のヴィシュヌ信仰を捨てさせようとしたり、殺そうとしたが叶わない。そして最後魔王は人でも獣でもない人獅子の姿をとったヴィシュヌ神に殺される。
 このような神々が強大な力を与えてしまったけど、それで後に困るというのもインド神話の一つのパターンなのかな。

 ヴィシュヌ神の化身とされるケーシャヴァ(クリシュナ)。辻直四郎博士によると『クリシュナはヤーダヴァ族の精神的指導者であり、新宗教創始者でもあった。それは、その神をバガヴァットと称し、主としてクシャトリヤ(王族)階級のために戸から田通俗的宗教で、実践的倫理を強調し、神に対する精神の萌芽をも含んでいたと想像される。
 クリシュナはその死後、自ら説いた神と同一視されるにいたったようである。この新興宗教は次第に勢力を拡張したので、バラモン教の側もそれを吸収しようとして、バガヴァット(クリシュナ・ヴァースデーヴァ)を太陽神ヴィシュヌの一権化として認めた。やがて、ヴィシュヌが最高神の位置を確保するに及び、クリシュナ・ヴァースデーヴァは一種族の最高神から向上してバラモン教の主神と同化した。その後さらにウパニシャッドにおける最高原理ブラフマンも、ヴィシュヌ・クリシュナの一面とみなし、バーガヴァタ派のバラモン教化は完成した。』(P296)