メジャーリーガーの女房

 kindleで読了。
 アメリカでの野球選手の家族の生活の様子を見ることができて面白い。
 1章はアメリカ野球は移籍や昇降格で移動が多く、家族含めて変化に対応する身軽さやタフさがいるという話。2章は結婚や不妊と妊娠、父の病などの野球以外の生活での重大な出来事についての話が書かれる。3章では、日本とアメリカの怪我への神経質さの違いと、マッサージの違いについての話。4章はアメリカでの食事の話。5章はアメリカでの野球選手の家族のあり方、妻たちの交流が書かれる。6章は夫妻と交流深かった仰木監督の話。7章では自身が不安神経症を患ってしまった話が書かれる。

 『解雇、トレード、降格……めまぐるしく変化するアメリカ野球の中で、安定したルーティーンの決まった生活を許されるのは、ごく一部のスター選手だけだ。その他大勢は、何があってもおかしくない状況を受けいれ、心も身体も「変化」に対応しなければならない。』(N56)挑戦した米球界でそうした立場になって引っ越しも多く経験する。
 『アメリカで得た本当の意味での財産は「人生において、何が一番大切か」を理解したことだった。』(N56)日本のようなスター選手でなくなり、身軽にならざるをえない環境に置かれたことで気づいたこと。日本で神経質になり過ぎていた色々なことが緩んで楽になり、そして家族の大切さを深く知る。
 マイナー落ちを宣告されたら、生活拠点をただちに移さなければならない(アパート探し、電気ガス水道、テレビや電話回線の契約子供の学校探しなどをする)、そして車で長距離運転しなければならないことの大変さ。この本ではそうした他ではあまり見ることのできない、米球界での生活面でのあれこれが読めて面白い。
 アメリカ行きでありがとうやごめん、愛してるよということをしっかり口に出していってくれるようになった。そうした言葉が、大変な時のつらさをやわらげた。

 田口選手と親しいアルバート・プホルスの話。『年俸や、その他収入などで数十億単位のお金を貰うトップ選手となると、おこぼれを求めて周りにたくさんの有象無象が依って来る。それゆえに人間不信になるような出来事も数多く起こりがちだ。(中略)常に周りの目があるから、小さなことでも行動を起こすのに慎重になる。例えばマッサージひとつ受けるにしても、球団以外の場所で治療師を選ぶのは難しい。いったい誰を信じ、誰を紹介してもらえばいいいのか、というところから始めなければいけないからだ。世界的に有名になるほど、安住の世界が狭まって行くなんて皮肉なものではないか。』(N2043)そうしたスター選手とその家族の悩みなど、あまり書かれないことが書かれているのもいいね。彼がひどい腰の痛みに見舞われた時、ちょうど田口選手の治療のために日本から整体の先生が来ていたので、その人に治療してもらって、よくなったという話が好き。

 著者は毎回夕食を作っていたが、普通のメジャーリーガーはナイトゲームの時は球場でご飯を食べてくるので妻が夕食を作ることはまずない。そしてデーゲームの日は、夫婦で出かけられる貴重な日なのでレストランで食べる。
 『アメリカは「家族は球場に来るもの」であり、「ファミリールーム」と呼ばれる部屋も用意されて、やってきた家族が快適に過ごせるよう準備されている。メジャーならそこにベビーシッターさんがいて、奥さんたちは子供を預けてゆっくり観客席で観戦することができる。』(N3152)メジャーのファミリールームでは子供室が別に分けられていて、試合中子供たちはそこで遊ぶ。
 MLB選手の妻たちのほとんどはアグレッシブなファンに絡まれるのを防ぐために、基本的には球場内の室内のテレビで試合を見る。
 『家庭がうまくいってこその野球、という意識がメジャーにはあふれていた。』(N3222)
 アメリカでも高給取りであるメジャーリーがの妻はお金目当てで結婚したかのように陰口をたたかれることも多い。しかし『多くの選手は、ハイスクールスイートハート(高校時代の恋人)と結婚するなど、下積み時代を共に支え合って乗りこえているのだが、綺麗な奥さんほど下心いっぱいにおもわれてしまうようだ。』(N3245)
 『アメリカ人の奥さんたちは忙しい。毎月のように行うチャリティー活動の打ち合わせや、家族、スタッフの誕生日、出産を控える女性のためのパーティー「ベビーシャワー」の準備、球団とのさまざまな打ち合わせ、それにクリスチャンのためのバイブルスタディーなど、何かとミーティングが重なり、球場に来なければならない理由に取り囲まれている。選手は野球、奥さんたちは、その野球環境を支え、盛り上げるために存在する、秘書のような役割を担っているのだ。』(N3313)お金があってもそうした忙しさや家庭の事、夫の成績やけがで一喜一憂するなどがあるので精神的に追い詰められることがある。選手も球団も家族を大事にしているが、そうした大変さもある。
 アメリカ球界では妻も社交的でなければ中々に大変そうだ。
 アメリカの選手はマイナーから野球人生をスタートさせて何年もかけてメジャーに行く。それは奥さんたちも同じなので、『その仲間たちが全米の球団に散っていくから、どの球団にも友達がいるし、自分が知らなくても、友達の誰かにツテがある。』(N3406)そのため田口選手がカージナルスからフィリーズに移籍した時に、妻のネットワークで移籍先の球団の知り合いに声をかけてくれたので『「私、誰々のマイナー時代の友達」/「私は誰それと、あのチームで一緒だったの」などと、あちこちから声がかかって、やりやすいことこの上なかった。/こんな広い国なのに、野球の世界は狭く濃く、そしてつながっている。』(N3455)そうしたメジャーリーガーの妻たちの世界の話は全く知らないので面白い。
 著者の父と仰木監督という親しい人の死の話は、悲しみと相手を大事に思っていた気持ちかが伝わってきて印象深い。
 最後の節が「そして私たちは「家族」になった」なのもいいね。