ある奴隷少女に起こった出来事

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

 19世紀前半の奴隷制があったアメリカ南部。そこに奴隷として生を受けた女性の自伝。長い苦しみの日々の末に北部へ逃れて自由を手にするまでが書かれる。奴隷制度がもたらす歪みと悲劇が描かれる。
 本書の出版当時は関係者が生きていたので危難が及ぶことを恐れて、人物の名前を変えて書かれた。『奴隷が書いたとは思えない知的な文章、奴隷所有者による暴力、強姦の横行というショッキングな描写、七年間の屋根裏生活、そして現代日本の読者すらぎょっとする、不埒な医師ノーコム(ドクター・フリント)から逃れるために、十五歳の奴隷少女が下した決断――別の白人紳士の子どもを妊娠する――は、当時の読者にはセンセーショナル』(P320)だったため、実話を装ったフィクションだと思われていた。しかし出版から126年後の1987年に『事実に非常に忠実な自伝』(P321)とわかり、ベストセラーとなったという本。
 以下登場人物名は、最初にその人物の名が出てくるときは本文中での名前で書き、その後の()内に本名を記す。そしてそれ以後は本文中に出てくる仮名で書く。

 奴隷所有者が自分や家族に長年忠実に仕えた人間でも、奴隷であるならば金回りが悪くなるなど状況が少し変わればその人やその子供を売ることを行う。そんなことが当時の南部社会では当然のこととしてまかり通っていることに慄然とする。
 著者リンダ(ハリエット・アン・ジェイコブズ)が生まれるより前に祖母マーサ(モリー・ホーニブロウ)の所有者がなくなった際、彼女の5人の子どもたちは4人の子息に分けられ、余った末っ子は均等分配のために売られた。そのように相続の際に財産である奴隷も分配されて、家族はバラバラに引き裂かれる。
 母や著者自身の女主人は母と乳姉妹。母は乳姉妹である、女主人に忠実に仕え二人の仲も良かった。リンダが6歳の時に亡くなった母が死の淵にある時に女主人は、子供たちに苦労させないと約束し、彼女が存命の時はその約束が守られて比較的幸福な日々を過ごす。しかし著者が12歳の時に、女主人は亡くなって、女主人の姪の奴隷となる。いくら母と親しかったといえど財産をただで手放し、自由にするなんてことはなかった。
 その娘の父であるドクター・フリント(ジェイムズ・ノーコム)がリンダの事実上の主人となる。そして弟もその一家に買われる。その1年後父が死ぬ。
 祖母の女主人が亡くなった際に、遺言書にはかねてから約束されていた奴隷の身分から解放するということが書かれていた。しかし女主人の義理の息子でもあるドクター・フリントはそれを無視して、奴隷として競売で売ろうとした。しかし祖母は地域でよく知られた人で、女主人と彼女との関係や約束はよく知られていた。そのため祖母に値をつける度胸のある人物はおらず、亡くなった祖母の女主人の姉が買いとって、その老女が祖母を自由にしてくれた。
 そんな祖母に約束された自由をも奪い取ろうとしたとんでもない男が主人。
 ドクター・フリントは『わたしの知る限り、一一人の子どもを自分の奴隷に産ませていた。』(P61)ドクター・フリントが奴隷に産ませた子供、父親の名前はこっそりと奴隷の間でささやかれるのみでそれを噂することはない。
 そして著者が15歳になってからドクター・フリントは彼女を慰み者にしようと企む。ドクターフリントはみだらな言葉や威圧的な言葉を吐いて、彼女を服従させて、そして身体を開かせようとした。
 『もし、きれいな少女に生まれたならば、最も過酷な呪いをかけられて生まれたのと同じこと――白人女性であれば称賛の的となるうつくしさも、奴隷の少女に与えられれば、人生の転落が早まるだけだ。』(P49)
 孤立した田舎のプランテーションでもなく、住民が互いをよく知るあまり大きくない町だった。そこで祖母がよく知られていたので彼女の口から悪事が知れ渡ることを恐れていたこともあって、無理やり事に及ぼうとはしなかった。
 フリント夫人(メアリー・ホーニブロウ・ノーコム)。夫の好色に当然のことながら侮辱感を抱き苛立ち、夫とそうした関係になった奴隷にきつく当たる。
 北部人は南部の奴隷所有者の下に自分の娘を嫁がせ、その婚姻を誇りに思う。しかし『若い妻たちは、自分の未来の幸せすべてをその手に託した夫は、結婚の誓いを一切尊重しないと、まもなく知ることになる。肌の色がまちまちの子どもらが、色白の自分の赤ん坊と遊び、子どもたちがみんな自分の夫を父として生まれたことは、十分すぎるほどわかっている。花々が咲き乱れる家には、やがて嫉妬と憎しみが入り込み、その美しさを破壊するのだ。』(P63-4)こうした南部の妻たちの苦痛や夫婦関係の歪みも奴隷制度の宿疴であり罪深さ。

 『残忍なほかの奴隷所有者の話を、まだまだ私は語ることができる。なぜなら彼らは例外的な人々ではないからだ。(中略)人間的な主人もいるにはいたが、しかし、そんな人々は「まるで天使の訪れのように――珍しく、稀」だった。』(P80)
 そんな稀ないい主人であったある女主人の話。彼女は結婚前に奴隷に、結婚で予期せぬ変化があるかもしれないからその前に自由にしてあげると持ちかけた。しかし自由でも彼女と一緒にいるほど幸せになれないと拒む。しかし彼女の夫が所有権を主張して、奴隷一家の父が女主人に庇護を求めるも一週間前には自由にすることができたが今はどうすることもできないと述べる。そしてその一家の上二人の子供は売られ、上の娘はその主人の子どもを二人妊娠し、彼の弟に売り渡されその男の子どもも売り、また売られた。『この男はそれでも、良いご主人と呼ばれていた。と言うのは、奴隷の食事や衣服の面で、彼はほかの奴隷所有者と比べるとましであったし、プランテーションで鞭の音が響く回数も少なかったからである。奴隷制がなければ、彼はもっと良い人間になれたし、その妻ももっと幸せな女になっていただろう。』(P83)
 『奴隷制は、黒人だけでなく、白人にとっても災いなのだ。それは白人の父親を残酷で好色にし、その息子を乱暴でみだらにし、それは娘を汚染し、妻を惨めにする。黒人に関しては、彼らの極度の苦しみ、人格破壊の深さを表現するには、私のペンの力は弱すぎる。』(P84)奴隷制という災い。

 ドクター・フリントの欲望に服従しない。しかし絶えまないその要求に耐えかねる。そして15歳の少女は、助けてくれると信じて別の白人紳士サンズ氏(サミュエル・トレッドウェル・ソーヤー)と情を通ずる、そして妊娠する。そのことでドクター・フリントが大いに怒って売りに出されればサンズ氏が購入してくれるだろう。それで自由になれることを期待したが、その淡い期待は打ち砕かれる。
 別の奴隷所有主に購入させた後に、サンズ氏のもとに行って自由にさせる計画を立てるも失敗。
 そして22歳の時にドクター・フリントの息子のフリント氏(ジェイムズ・ノーコム・ジュニア)のプランテーションに行かされることになる。そのフリント氏の結婚式の際に逃亡して、同じ町に潜伏する。捜索費用で色々かかったということもあって、サンズ氏の仲間が著者の弟と子供達を高値で買って、それをサンズ氏が購入する。それで彼らはドクター・フリントのもとから逃れることができた。
 当初の隠れ場所が危うく口の軽い人に見つかりそうになったので、居所を祖母の家の貯蔵室の小さな(高さが一番高いところでも90センチしかない)屋根裏に移る。そこは人が暮らすことを想定した場所でなく夏はひどい熱気や虫に悩まされ、冬には凍傷になったこともあるようなところだが、そこで著者は7年間もの間過ごすことになる。ばれるといけないから子供にも彼女が居ることを伝えなかったので、近くにいながら子供の姿をたまにのぞき穴から見ることしかできなかった。彼女のその超人的意志力と子供たちへの愛情の深さは印象深い。
 サンズ氏が下院議員となる。そして弟はサンズ氏についてワシントンに行く。そして弟は北部で彼のもとから逃げて北部に残る。
 サンズ氏の結婚。サンズ氏は娘のエレン(ルイーザ・マチルダ・ジェイコブズ)を自由の身にせず従姉妹のホッブズ夫人にくれてやる。そのサンズ氏の裏切りに著者はもはや彼の約束を期待できないことを知る。
 7年の屋根裏生活の後、好機が訪れてついに北部へ行く。北部に来た著者は英国出身のブルース家の保母として仕事をする。サンズ氏は売買契約書を祖母の名前で作成していたので、祖母の手元にいた息子は法的に何の問題なく北部の著者の下に来ることができた。
 ホッブズ夫人は南部に帰って娘のエレンをそのまま奴隷として使ったり、あるいは売り払う恐れがあったので、著者はなんとか取り戻せないかと苦悩する。またドクター・フリントはいまだ著者を探しに北部に来る時もあって、そうした脅威も残っていた。
 著者はブルース家のお嬢さんのお付きとして英国に行った時に『生まれて初めて、肌の色に関係なく、立ち振るまいで人格を判断される土地に、わたしは来たのだった。』(P290)と感じた。
 エレンも法律上は祖母のものだったので、なんとかホッブズ夫人から取り戻して事足りた。そして自分の自由もドクター・フリントの死後に反奴隷制の人たちの手を借りて何とか達成された。