雲は湧き、光あふれて

 kindleで読了。ネタバレあり。
 高校野球を題材にした3つの短編が収録された短編集。個人的には女性記者を主役の「甲子園の道」が一番好き。
 「ピンチランナー」主人公の須藤は、70人以上の部員がいる公立校の野球部の三年生。
 怪我をして最後の夏が絶望視されていた主将で強打者の益岡は、フル出場はできないが代打として夏大会に出場することを決める。そして走塁センスのある須藤は彼専用の代走としてベンチに入ることになる。終盤の好機に益岡が代打に出てヒットを打ち、須藤が盗塁することで得点を狙う。そういう得点パターンを作ることで、打撃力の弱い彼らの野球部が最後まで粘り強く戦えるようにする。
 益岡が代打専門とはいえ復帰したことで野球部の皆も喜び、雰囲気も明るくなってきた。しかし益岡とのセットでベンチに入った須藤は秋までベンチに入りできなかったのに、純粋に実力ではない部分でベンチ入りしたことの気まずさもあって今一練習に身が入れられずにいた。
 そのことで益岡と須藤は仲違いすることになったが、益岡から本気でこのチームが好きで、このチームで勝ちたいんだという本気の思いを聞かされる。その本気さにあてられて、ようやく須藤も本気で取り組むことになる。そして迎えた夏大会はくじ運悪く強豪ぞろいのブロックだったが勝ち進んで四回戦。その四回戦の様子が描かれて終わる。
 「甲子園への道」スポーツ新聞社で働く新人女性記者泉が主人公。彼女はキャップから強豪校である東明の試合の取材を任されて喜ぶが、同時に有望株の連絡先を入手するようにいわれて求められていることの大きさにため息がでる。
 その試合で目当ての東明の相手は弱小公立校三ツ木で結局7回コールドに終わったが、4回まで東明を0に抑えた月谷が気になる。そしてまっさきに三ツ木の月谷に取材をしにきた泉に、月谷は驚く。しかし嬉しかったようで、色々と話を聞かせてくれた。そして彼に連絡先(LINE)を貰う。そして月谷はネタ提供といって、彼と東明のエース小暮が幼馴染で仲が良いことを泉に伝える。
 そのネタを使って記事を書いたが、キャップに提出したが文章が全面的に直されたことで平常心ではいられなかった。そのため翌日にその記事を全面的に書き直された理由をキャップに尋ねて、その際に言われた一言に入社以来抱えてきたコンプレックスが抉られて思わずトイレで戻してしまった。
 そんなへこんでいるときに見た月谷からのLINEで彼がキャップが書き直した記事を見て、やっぱり小暮に勝ちたいと思う気持ちがあることに気づいた。だから、ありがとうございますと連絡が来ていた。そして小暮からも連絡が来て、月谷は中学で二年ブランクあって本人は野球熱冷めたといっているけど絶対嘘だし、あいつは凄いやつだからあいつを煽ってくださいねと頼まれる。
 そうした選手の言葉を聞いて、キャップが直した記事が選手の心に届いた。その事実をかみ締めながら、自分を見つめ直して余計なものを洗い流して改めて頑張ろうという晴れやかな気持ちになる。そして皆の前で自分が、5人の新人のうち1人だけが選ばれる甲子園取材に行く宣言をする。
 そのように主人公が今まで抱え込んでいたものが最後にすっきりとして終わることや、月谷のキャラも好き。

 ラストの短編である表題作は、戦時下で野球が白眼視される逆境の中で甲子園を目指した主人公たちバッテリーのことが書かれた短編。
 高等小学校を卒業して普川商業の3年に編入してきたふてぶてしく野球歴は浅いが飛び切り速い球を投げる滝山亨が入ってきたことで、主人公の鈴木雄太は投手から捕手に転向させられた。そんな二人の仲は悪かった。
 昭和16年の夏大会は全国大会出場を決めるも、大会自体が中止される。そして翌年に新しく学校に配属されてきた配属将校が干渉して権威を振りかざしてくる将校に代わったことで、野球部員は教練で殊更痛めつけられる。
 ふてぶてしい滝川はそんな将校にも態度を変えなかったので標的になった。その将校が親のことに触れたので、滝川が怒って殴ろうとしたところを鈴木雄太は横から飛びついて止めて、その後も彼は滝川のことを必死にかばった。そうして庇ったことで滝川に馬鹿じゃないのといわれつつも、この出来事を契機に二人の仲が深まった。逆境の中で生まれたバッテリーの絆。しかしこの出来事で滝川は方に大きな怪我をしてしまう。
 その後夏に文部省主催での全国大会が開かれることに決まって、野球部員たちは喜びの雄たけびを上げる。野球がいつまでやれるのかわからない時勢で、野球ができる喜びをかみ締めながら試合が行われた。滝川も怪我を押して投げ続けた。
 最後は戦後の昭和24年鈴木雄太はかつてのチームメイトと共に甲子園に赴いたシーンが描かれる。雄太は甲子園にいる球児たちの姿を見て、失ったものを思い出して堪えきれずに涙が出るも少し気分が晴れる。