ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語

ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)

ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)

 21世紀を目前にここ1000年で最高の道具についてのショート・エッセイを頼まれた著者。当初は眼鏡を考えつくが、相手はそういう道具でなく工具を思い描いていた。そして1000年で最高の工具を考えるが、ほとんどの工具の原型は1000年以上前に発明されている。そしてここ1000年で発明された重要な工具、ねじとねじ回しとその歴史についての話が書かれる。
 「第1章 最高の発明は工具箱の中に?」
 古代エジプトの大工は釘の代わりに木栓を使い、穴は弓錐で開けていた。弓錐は深い穴をあけるのには非効率だったが、古代ローマ人は木工錐を発明して、より効率的に穴をあけることができるようになる。木工錐は一回転させるごとに先端が木に挟まって止まってしまっていたが、中世には曲がり柄錐が発明されたことで『史上初めて錐を廻す動きを中断することなく穴をあけられるようになったのである。』(P23)
 曲がり柄錐はクランクという新しい科学的発想によって生まれた。
クランクの発明は非常に重要で、なぜなら『クランクの登場により、曲がり柄錐のみならず、手回し臼や、水力や風力を利用した様々な砕鉱器やポンプなど、そして最終的には蒸気機関の発明が可能になったからだ。』(P25)そしてクランクは『われわれが知るかぎり、中世ヨーロッパで発明された工具なのだ。クランクが出てくる最古の文献は一四世紀の物語で、そこには現代の別荘地や公園の湖にある足こぎボートのようなボートが登場し、手回しクランクで推進力を得るのである。』(P26)そのためクランクが実用化された道具である曲がり柄錐も1000年で最高の工具の候補となる。しかし工具としていささか地味なので、他になにかないか探って日常的な工具であるねじ回しは、ここ1000年で発明されたことを発見する。
 「第2章 ねじ回しの再発見」ねじ回しについて、いつ発明されたのかについての詳細な情報が少ない。そのため著者はねじとねじ回しの起源について色々と調べる。英語でねじ回しはスクリュードライバーだが、昔はターンスクリューと呼ばれていて、ターンスクリューはフランス語のトゥルヌヴィを直訳したものなので、フランスから英国に伝わったものと推測できることが書かれる。
 「第3章 火縄銃、甲冑、ねじ」ねじが登場している昔の本が紹介される。1475〜1490年のあいだに書かれた「中世の暮らし」と呼ばれる居城暮らしについて書かれた手書き写本のなかにもねじは描かれている。『『中世の暮らし』ではねじがわざわざ別に描かれていることから、当時はまだもの珍しかったのだろう。』(P61)そして1475年の火縄銃の図版にも頭に溝のついたねじで発火装置が留められていたことが描かれている。
 「第4章 二〇世紀最高の小さな大発見」当初ねじは家内工業で作られていて高価なものだった。1775年に大量生産用の背出し蝶番の特許が取られ、その人気でねじの需要が増大。同時代に従来のものよりも品質も良く値段安い機械製のねじが出はじめ、普及する。以後ねじは廉価となる。
 溝付きねじの欠点。ねじ回しと溝がしっかりとかみ合わないために指を傷つける危険性があり、ねじ回しの刃が溝をダメにすることもある。そこで開発された二つのねじ、四角いソケットのロバートソンねじと十字形のソケットのフィリップスねじ。ロバートソンが特許を取ったソケットつきねじはねじとねじ回しがぴったりとフィットするデザイン。
 現在ではフィリップスねじのほうがよく利用されているが、『十字型のソケットは四角いソケットほど完璧にはフィットしないのである。ところが皮肉なことに、自動車会社がフィリップスねじを使うようになったのは、その不完全さのためなのだ。自動ねじ締め機は電力によってねじを締める力を増していき、ねじが完全に締まったところでソケットから飛び出す。そうすることで、締めすぎを防ぐ仕組みだ。つまりある程度スリップすることは最初から計算されているのだ。』(P100)
 著者はロバートソンねじ支持者。その理由としてソケットからロバートソンねじまわしが外れることはないこと、どれほど古くても錆ついていても外すことができることをあげて、章題にある「二〇世紀最高の小さな大発見」という賞賛の言葉をロバートソンねじに捧げている。
 「第5章 一万分の一インチの精度」15世紀の手書き写本「中世の暮らし」にはねじ切り旋盤が描かれている。そしてねじ回しの先祖も「中世の暮らし」で見つける。
 18世紀ラムスデンは伝統的に手作りだった目盛りつき物差しに精密な目盛りを刻むことのできる目盛り機を設計。しかしそれを作るために必要な精度のねじが手に入らなかったので、彼は粘り強くねじを作り続けて、総鉄製の卓上旋盤を作り上げた。彼は精度を高めるための三角形の縦材を発明し、カッターの先端にダイアモンドを最初につけた人物。そして4000分の1インチの精度のねじを作ることに成功した。
 高精度の規準ねじが様々な精密機械で用いられるようになった。航海で使う六分儀も彼の目盛り機のおかげで船の位置を300メートルの誤差で割り出せるようになった。
 天才的職人ヘンリー・モーズレー。18世紀は旋盤の改良が相次いだ時代だが、『それでもこうしたすべての利点をひとつの旋盤に凝縮させて、作業の規模が大きくなっても精度の高い仕事ができる旋盤を作り上げたのはモーズレーの功績なのである。モーズレーの生みだした者は、産業化時代の母となる工具だったのだ。』(P122)
 「機械屋の性」ねじの原理は15世紀以前にも理解されていた。中世の印刷機や紙梳き機、古代ローマのリネン圧搾機など。下方向に圧力を加えるために、木枠に直立した形でねじが取りつけられたもの。ねじ圧搾機の発明、大プリニウス「博物誌」によると数学者であるアレクサンドリアのヘロンの発明。世界最初の雌ねじ切り(タップ)も発明した。
 そのようにねじ(螺旋)を利用した機械装置は1000年以上前からあるので、この1000年で最高の発明という言葉が指すのは螺旋釘としてのねじということかな。
 「第7章 ねじの父」古代ギリシアの機械装置の話。
 古代ギリシャのアンティキシラ機械。『知られるかぎり最初の作動装置なのだ。自動車の車軸の作動は、回転する駆動輪のあいだで動力を分散させて、角を曲がるときには内側の車輪がより短い距離をスムーズに動くようにする仕組みだが、これが発明されたのは一八二七年のことだ。アンティキシラ機械の作動装置は二〇〇〇年も前に作られた。』(P155)
 アルキメデスは揚水用の水ねじを発明、そしてウォームねじも彼の発明とする説もある。水ねじの『機械効率は六〇パーセントにもなると推計される。水車やバケットコンベヤーといった後代の装置顔負けの数値だ。』(P164)
 『ねじは古代中国で独自に生み出されなかった唯一の重要な機械装置である。』(P168)
 そして『水ねじは単純かつ天才的な装置ではなく、私たちが知るかぎり、人類史上初めて螺旋が使われた例である。』(P168)