聖家族 上

聖家族(上) (新潮文庫)

聖家族(上) (新潮文庫)

 ネタバレあり。
 読み始めてから上巻を読み終えるまで大分時間がかかった。
 異界と縁深く、異能を持つものが多くいる東北の旧家である狗塚家の物語。上巻では歴代のばば様の物語を通じて狗塚家の歴史が語られ、天狗に教わった武術を使って東北各地を狗塚牛一郎・羊二郎兄弟が暴れまわる話。それなりに安定している特殊な共同体に崩したり、破滅をもたらす狗塚夫妻(狗塚兄弟とその妹カナリアの親)の話などが書かれる。その中で狗塚家の面々が訪れる東北各地の紹介も行われる。そうした各地のちょっとした描写、情報を入れてくるのは面白い。ただググってみたら平成元年の城下町・白石市というのはフィクションのようなので他の土地情報にもフィクションがあるかもしれないから、どの程度信用していいのかわからない。

 「聖家族 上」の前半部である「扉一」の「狗塚らいてうによる「おばあちゃんの歴史」」では、拘置所の中の羊次郎パート。彼のパートは内なる兄牛一郎との対話、彼の下にきた祖母や妹カナリアの手紙や会いに来た彼女らとの会話が書かれる。そしてメインのばば様の狗塚らいてうのパートでは狗塚の歴史、歴代のばば様の物語が語られる。
 冒頭、拘置所にいる狗塚羊二郎のシーンから始まる。彼のもとに祖母や妹カナリアは手紙を送ったり、会いに来る。その行為での深い家族愛で結ばれている。そして拘置所にいる羊二郎と兄との対話は最初に読んだときは幻聴でそんなものが聞こえるのかと思ったが、兄との東北行脚と上巻の最後を見ると本当に会話しているのかもと思う。
 狗塚の兄弟妹牛一郎、羊次郎、カナリア。そして彼らの両親や祖母が登場する。
 昭和元年に生まれた祖母らいてうのパートでは、彼女の子供時代の話から始まって元大地主の狗塚の歴史などが語られる。らいてうの母は狗塚の末娘で結婚して家を出た母が娘であるらいてうが自身の実家の狗塚の嫁になって、狗塚に返り咲きたいという妄執があった。当時の狗塚のばば様がはくてうという名前だったから、娘の名前をらいてうにして、ばば様に目を掛けてもらえるようにつけた名前。その思惑通りらいてうは狗塚に嫁入りすることになるが、その後の第二次世界大戦で大地主だった狗塚家は没落することになる。
 旧家である狗塚家のウラのシタには、多くの鳥居のある異界とつながる場所があり、らいてうは子供の頃にそれを垣間見たことがあった。
 狗塚のばば様だったはくてうは死の前に彼女に多くの事を話した。そのことを全て忘れていたが、孫が産まれてばば様になったらいてうはその語らいを思いだし、鳥居を見るたびにその語らいを思い返す。そしてその時に聞いたはくてうの話、はくてうの物語(明治)と狗塚の歴史の話が挿入される。そしてはくてうのばば様である『始祖のシラサギ』(P160)の話もされる。
 シラサギは36歳の時、嘉永四年(1851年)に神がかり。彼女は狗塚の屋敷のカミとなり、神通力(異能)を授かり、病魔を払い、自然現象の予言をして的中させる。それが人々の間で評判になり、彼女は教理は立てなかったが、新興宗教の教祖のように信者から崇められる立場となった。屋敷神となった彼女が祀られる場所がウラであり、彼女が透視して見つけた地中の洞窟のような空間を掘り当てそこに鳥居を建てさせる。
 狗塚牛一郎はシラサギが神通力を得た時と同じような経験をしていて、彼は自分をシラキジの影だと感じている。そんな彼は異界で天狗から武術を習う。

 「扉二」では「聖兄弟」と「地獄の図書館」のパートが交互にある。前者では逮捕される前の狗塚牛一郎・羊二郎の兄弟が散々に暴れながら東北を巡る旅の様子が書かれている。後者では狗塚兄弟妹の両親が、訪れる土地土地で現地の人をわずかな言葉で唆したりなどすることで安定状態にある特殊な共同体、その中での関係性を崩壊させる。狗塚夫妻は特に不気味な存在として描かれる。共に人知を超越した脅威、災厄のよう。
 自然体で暴れ回る兄弟、あちこちに出没して場を荒らすだけ荒らす夫妻。そうやって狗塚兄弟も狗塚夫妻も訪れる土地土地で天災のように人々を傷つけたりしているのはどうも楽しめなかった。
 狗塚夫妻のパートでは、A→B→C→D→Aという具合に一方的に特定の相手の心を読む能力でつながって円になっている少年少女の共同体とか、異能を持った教祖による共同体などを壊す。犬塚夫妻が破滅させたその教祖の能力はどうやら本物のようで、狗塚真大を読んで中身を壊そうとするが、その中身の空白さに衝撃を受けて、あとはなすがままに狗塚夫妻によって破滅させられることになる。この夫妻はいかなる理由や目的で人間関係をもつれさせて破局を作り出しているのかさっぱり分からないので不気味。
 狗塚兄弟は山形での派手な動きから警察や暴力団を敵に回す。そして彼らの行動やさまざまな偶然も重なったことで大惨事となり、大混乱の中で大立ち回りをすることになる。その大立ち回りの際に、手加減がしきれず羊次郎は初めて人を殺めてしまう。その時は兄の指示のもと記憶を埋める。しかしその後羊二郎はいつも通りの喧嘩での腕試しでいつものような調整が利かずに殺してしまう。兄牛一郎の天才さや宿命的なものがあるわけでもないのに一線を越えたことへの後ろめたさもあるのか、兄にその事実を言いだせなかった。
 しかしその出来事で『何かが制御を外れてしまうのを、はっきりと自覚できたから。』(P561)この出来事で、警察からも彼らが金を奪った暴力団からも捕捉されて追われることになる。
 移動者ではなく、逃走者となった兄弟。この上巻の終わりの方で羊二郎は兄牛一郎に部屋に犬がいたのを見たことを言うと、兄に聞き返されて確認される。それで兄は弟の変化を察する。ばば様の子供の頃の話でもウラで犬の声を聞いたし、その他にも死・犠牲のイメージが濃厚。最後に兄弟が逮捕される直前に兄へ異界(ウラの世界)へと行くも、羊二郎は兄と共に異界へとは行かず現実に残って逮捕される。