未来国家ブータン

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 著者の友人である二村聡氏が社長を務めるバイオベンチャー企業ニムラ・ジェネティック・ソリューションズは、ブータン政府と生物資源開発の業務提携をする。そのプロジェクトに先立って、伝統知識や現地の状況を調べて欲しいと頼まれる。その申し出に迷っていると、ブータンには雪男(イエティ)がいると未確認動物好きの著者に刺さる情報が出されて、生物資源の基礎調査をしてくれれば高野さんが何をしようが構わないと言われたこともあってブータンに行くことになる。
 そうして行ったブータンでの話や、そこで聞いたTK(traditional knowledge伝統的知識)と雪男についての話が書かれている。
 ブータンは九州よりも少し大きいくらいの面積に人口が70万人弱という小さな国だが、生物多様性を重視していて環境立国として進んでいる。そして『ブータンは今でも半鎖国体制にあり、開発より伝統を重視し、国民は国王と仏教を篤く尊んでいる。』(N208)
 『ニムラは生物資源探索会社といい、自然界に存在するそれらの生物から主に新しい医薬品を作ることを第一の目的としている。』(N1107)医薬品の開発は時間も費用もかかるので、最近製薬会社は伝統約に目をつけた。伝統薬は玉石混交ながら、ゼロから新薬を捜すより成功の可能性は高く、深刻な副作用のあるものは少ない。そしてブータンチベット世界で薬草の国といわれている。

 高野さんは今回の調査に当たって、ニムラ・ジェネティック・ソリューションズの顧問という肩書をもらい、ブータンに行く。今回の旅に同行してくれるのはブータンの国立生物多様化センターの若き研究者ツェンチョさん。
 ブータンの公務員は超エリートで、『イメージとしては、国王が国の頂点にいて、その周りを「公務員」という重臣が取り囲んでいるという感じだろうか。民主化された今も実態はさして変わらないだろう。(中略)だが、それほどのエリートであるのに、彼らには偉ぶったところが微塵もない。』(N630)
 「あとがき」を見ると、二村さんが高野さんに依頼した理由としてはエリートである国立多様性センターの人に地方で溶け込む術を教えて欲しかったということだが、『ところがツェンチョ君はどこに行っても、誰に対しても、丁寧なことこのうえない。(中略)気遣いも欠かさず、いつも懐には飴をたくさん入れていて、村の道を歩いている時でも、尋ねた家でも、子供を見ればすかさず呼んで一人ずつ手に飴玉をのせてあげる。子供は当然喜ぶし、それを見た大人の表情も和む。そうか、こういうふうに接すればいいのかと私も真似するようになった。まったく勉強になる。(中略)ツェンチョ君にしてもドルジ君にしても、またティンプーやガザで会った他の公務員にしても、このように現地の村の人への理解が行き届き、接し方を心得ている。いっぽう、私のような外国人に対しては、恐れ入ることもなければ自分をえらく見せようとすることもなく(よくアジア・アフリカのエリートにはそういう人がいる)、これまた適切な対応を知っている。』(N1601)実際には教える必要がないくらいの見事な対応ができていた。
 ブータンの小ささ。インドや中国の州や県でもおかしくない。そして実際にブータンに近いヒマラヤの国であるシッキムとチベットはそれぞれインドと中国に吸収された。『ブータンの独自路線というのは、環境立国にしても伝統主義にしても理想を追い求めた結果ではなく、「独自の国なんですよ!」と常にアピールし続けないと生き残れないブータンの必死さの現れなんだとしみじみ思う。』(N2097)
 ブータンは『伝統文化と西欧文化が丹念にブレンドされた高度に人工的な国家だった。国民にいかにストレスを与えず、幸せな人生を享受してもらえるかが考え抜かれた、ある意味ではディズニーランドみたいな国だった。
 英語教育、経済と分離した環境政策、行政の丁寧なインフォームド・コンセント的指導、伝統と近代化の統一――こういったことがことごとく私に「日本より進んでいる」と思わせるのだが、だからといってそこに私たち日本や他の世界の未来があるわけではない。なぜなら私たちはいくら時間を費やしてもブータンには追いつけない。あるいは戻れない。
 私がブータンに感じるのは「私たちがそうなったかもしれない未来」なのである。』(N3253)