植物はなぜ薬を作るのか

植物はなぜ薬を作るのか (文春新書)

植物はなぜ薬を作るのか (文春新書)

 kindleで読了。
 植物が作る薬効成分についての話や、その成分は植物にとってどのような意味があるものなのかなどが書かれる。
 ○人間が利用する植物の成分とその植物の中でのその成分の役割。
 『植物であるケシにとっては、捕食者となる動物から自分を守るための防御物質がモルヒネであり、そのために作っているのです。』(N466)そしてタバコに含まれるニコチンも昆虫や小動物に対する防御物質として働いている。
 また『人間よりも解毒作用の弱い動物や昆虫にとって、カフェインを含んだ植物は口にしてはいけない恐ろしい毒草なのです。(中略)コーヒー豆は親の木から地面に落ちて芽生えする時に大量のカフェインを周りの土中に放出します。すると、この放出されたカフェインによって、他の競合植物の芽生えが阻害されてしまうのです。その結果、コーヒーの木は他の植物より有利に生存することができます。』(N609)
 ○植物の防御戦略として作られた化学成分が結果的に薬として優れる
 植物の防御戦略は『第一に、捕食者から食べられないように、植物は動物に対して苦い味や渋い味、あるいは神経を麻痺させるなどの有毒な化学成分を作るように進化しました。(中略)第二に、病原菌に対してもその繁殖を抑える抗菌性のある化学成分を作り、病原菌に打ち勝つように進化しました。(中略)第三に、光合成に必要な日光や無機栄養潮など、成長のために必要な資源を競う他の植物との戦いに勝つためにも、他の植物の成長を抑え込む化学成分の生産をするようになりました。』(N970)
 そのような植物の化学防御戦略として重要な役割を果たした化学成分が薬に用いられることが多い理由。それは『化学成分によって、捕食者を寄せ付けない、あるいは病原微生物を生育させないためには、その化学成分は強い生物活性を有していないといけません。生物活性とは、「生物に作用して、なんらかの生体反応を起こさせること」です。(中略)実はこの生物活性という性質は、よく効く優れた薬が持つべき重要な性質の一つなのです。』(N983)
 植物が防御のために作った成分を人間が薬として利用している。
 その具体例。『アトロピリンを含む植物を食べた動物は、瞳孔が散大し目が見えにくくなったり、心拍数が増大したり、中枢が興奮し、めまいや幻覚などの症状を呈します。(中略)しかし人間は、アトロピンに特徴的な薬理作用を利用して、瞳孔を散大させたり、痙攣を鎮めるための薬として用いるようになりました。』(N993)
 『ベルベリンは、病原菌のリボ核酸やタンパク質合成を阻害して強い抗菌作用を示し、病原菌の感染から植物自身を守っていると考えられます。
 ベルベリンは、この抗菌作用を利用し、下痢を止める整腸薬として用いられています。』(N998)
 ○植物が自ら作る毒に耐えられる理由
 『現在の科学でも、この毒性成分に対する自己耐性のメカニズムがすべて明らかにされているわけではありませんが、いくつかの例が知られています。この中には植物がいかに巧妙に、自ら作る毒性成分に中毒にならず、毒性成分を作れるように進化したかを示す興味深い発見があります。』(N1512)
 植物の細胞内にある液胞という小器官に毒性成分を蓄えているケースには、液胞の中に毒のまましまっておく場合と普段は無毒状態で液胞に納めておいて細胞が破壊されると酵素で糖部分が外れて毒になって外敵に対応する場合がある。
 他にはコーヒーの木の場合のように外に放出して、他の植物の生長や土中の線虫などの成長を阻害するもの。ラベンダーなどのように『直ちに植物の外には放出せず、いったん腺毛という植物の表面にある突起状組織の空洞にためる場合もあります。(中略)マラリアの特効薬として使われているアルテミシニンや、タイマの鎮痛成分であるカンアビノイドなども腺毛に蓄えられています。』(N1551)
 ○ジャガイモとビクーニャ
 『最近、ジャガイモの繁殖戦略における毒性アルカロイドと、原産地の南米アンデス地方に生息するラクダ科の草食動物ビクーニャの関連について面白い仮説が出されています。』(N1795)ビクーニャのかつての生息域はジャガイモ野生種の分布とほぼ一致している。『ビクーニャは家族群れで暮らし、糞の排泄場所を決めています。糞場の周辺にはジャガイモの野生種が群生しています。糞からの豊富な栄養を吸収できるためです。この野生種のジャガイモにも毒性アルカロイドが多く含まれているため、同じ地域に生息していてもビクーニャはジャガイモを食べません。おかげで、ジャガイモは果実の中で種子が完熟するまで育つことができるのです。
 しかし、乾季になり他の動物が枯れてなくなると、ビクーニャはジャガイモの老化した葉や成熟した果実を食べるようになります。それは、老化した葉や成熟した果実の中ではアルカロイド含量が減少して食べられるようになるからです。成熟した果実の中には完熟した種子があるので、これを食べたビクーニャは排便と共に種子を糞場に散布します。すると、結果的にジャガイモ野生種はビクーニャによって種子を栄養が豊かでやわらかな土壌に散布することができ、他の植物に比べて有利に群落を形成し次の世代を残せるのです。
 ここでは、毒性のアルカロイドを上手く使って、成長途中では食害されず、なおかつ完熟種子を肥沃な土壌に散布してもらうというジャガイモの生存戦略が成功しています。』(N1807)ジャガイモとビクーニャにそういう関係性があったかもしれないという話は非常に興味深い。