深海のパイロット

深海のパイロット?六五〇〇mの海底に何を見たか? (光文社新書)

深海のパイロット?六五〇〇mの海底に何を見たか? (光文社新書)

 kindleで読了。
 科学的知識を得るための調査や資源探査などに使われる潜水調査船。その潜水調査船のパイロットたちの話や日本の潜水調査船の歴史など深海調査船にまつわるさまざまなエピソードが書かれている。
 日本の潜水調査船は「しんかい二〇〇〇」と「しんかい六五〇〇」があり、「しんかい二〇〇〇」はこの本が出た少し前の2002年に運航休止となった。
 第一部の「第一章 どうやって深海を調べたらいいの?――潜水調査技術が確立するまでの苦労話、裏話」では、「しんかい二〇〇〇(以下、2K)」が作られた当初の試行錯誤など副題にもあるように当時の苦労話や裏話が書かれる。
 2Kと「しんかい六五〇〇(以下、6K)」の潜航回数は2100回以上だが、これまでに大事故はない。一番危なかったことは、初期に漁具のロープにひっかかったこと。『何千メートルの深海に潜ると聞けば、水圧で押しつぶされたり浸水してしまうような自己を想像するかもしれないが、人間が乗る耐圧殻は非常に丈夫なので、まずそういうことは起きない。実際、世界中でもまだ起きたためしがない。それより危険なのは海底で何かにからまったり故障を起こしたりして、浮上できなくなることだ。』(N320)
 3章では潜水調査船の操縦の話などが書かれている。
 潜水調査船の最大速度は「6K」で2.5ノット(時速4.6キロ)と遅いが、そもそも速さは必要ない。潜水調査船の『小さな窓からの視野は限られているため、むしろなるべくゆっくり進まないと、観察したいものを見落としてしまう恐れがある。/ 通常「6K」は〇.五ノット(秒速二六センチメートル)くらいで航走する。井田さんによれば、これでも速すぎるくらいだという。まして一ノットではもう海底など見ていられないそうだ。』(N1095)
 『「6K」のパイロットの樋口さんが熱水を噴きだすチムニーを採集したとき、先端だけをつまんで取るつもりが根元からポキンと折れてしまった。それを持っていくとなると重すぎるので取り直そうと思ったが、研究者は目ざとく見ていて「それが欲しい、それが欲しい」という。仕方なくマニピュレータの下にあるサンプルバスケットに入れたが、いくら前後トリムを調節しても水平を保てない。結局、その時は前屈みでんつんのめりそうになりながら、ずっと操船していたそうである。』(N1133)このエピソードが微笑ましくて好き。
 7章では、以前使われた海中作業基地(ハビタット)の話が書かれている。ハビタットではDDCと呼ばれる加圧や減圧ができる特殊な部屋があった。減圧症(潜水病)にならないためにその部屋で気圧を徐々に上げていき、ダイバーたちが気圧になれたら、その部屋を水中エレベータにドッキングして水中に下ろす。そして海底に到着すると既に外の気圧になれているダイバーたちは外に出て活動する。そして地上に戻る時もその部屋の中で徐々に気圧を下げる。そのため300メートルの海底に潜る場合は31気圧まで上げて慣らしてから海底に行って、戻るときは31気圧から地上の1気圧に戻るのに12日間かける。
 そして『窒素という気体には麻酔作用があって、大気中ではもちろん何ともないが、圧縮された濃い窒素を吸うと酒に酔ったような状態になる。』(N1951)そのためDDC内では麻酔作用のないヘリウムと酸素の混合ガスを吸って生活していた。
 水深300メートルの世界に行くときはダイバーたちは31気圧の中でしばらく生活する。
 31気圧の世界では『食事をするのも息苦しい。夢中になって食べていると息が切れて、途中で意識して呼吸を整える必要がある。(中略)それでもヘリウムは分子量四という軽い気体だから、この程度ですむ。もし分子量二八という窒素のまま加圧していったら、水深七〇メートル相当になると鼻で呼吸できないくらいになるそうだ。』(N2080)
 またヘリウムの熱伝導率は窒素に比べると速いので『たとえ一気圧でもヘリウムと酸素の環境にいると、体の周りがスースーして涼しく感じるそうだ。圧力が増すと伝達の速度もさらに上がって、熱を奪われやすくなる。だから、DDCの中は三一度Cくらいにしてあるそうだ。空気中だと暑すぎるが、ヘリウムで三一気圧だと、それでちょうどいい。』(N2131)こうした31気圧下での日常的なものの変化についての話は面白い。