アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン

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 タイトルは未知動物だけどベトナムのフイハイ、奄美のケンモンは妖怪的な存在。
 「ベトナムの猿人「フイハイ」」
 著者は海外行きの予定が何度もつぶれて突発的にベトナム行くことを決意。そして以前から気にかかっていたフイハイを探そうとする。しかし現地についてガイドのフンさんからフイハイの話を聞くと、バナ族の人間しか見ないもので動物でなく妖怪のようなものだとわかる。そのため当初の予定である未知動物探しとは違うが、『真剣に未知動物と妖怪の境界線を探してみよう』(N250)ということになる。
 未知動物と同じスタンスで取材を行い、ガイドのフンさんの案内でフイハイをよく知っている人や実際に見た人の話を聞く。そこでフイハイの他にもボンバという似たような存在もいることがわかる。
 『フイハイ&バンボの話にはよく米軍が出てくる。(中略)そこで思うのだが、一般人にとって、「当局」(the authorities)あるいはもっと端的に「お上」というのはそれ自体がブラックボックスであり、巨大な妖怪なのではないだろうか。で、小さな妖怪が出現すると、それを巨大な妖怪が呑み込んでしまうのではないか。あるいは、小さな妖怪が話の終わりにどこかへ去らなければならないが、それは大きな妖怪の懐によって物語が収束するという構造があるのではないか。』(N479)そうした米軍と妖怪譚に親和性があるという話は面白い。
 フイハイに対する村人たちの意識。『ちゃんと実在するけど、どうでもいいもの――。/ 不思議な存在だが「意味」は別にないもの――。/ 意味があればそれはおそらく霊的なものなのだろう。だが、フイハイには意味がない。意味がないから「動物」と彼らは言うのではないか……。』(N839)
 「奄美の妖怪「ケンモン」」
 『ケンモンとは奄美にいると言われる妖怪みたいなものだ。沖縄で「キジムナー」と呼ばれるものとほぼ同じとされている。』(N1044)キジムナーは沖縄の精霊として消化されている感があるが『奄美のケンモンはいまだ全然消化されていない。見つけた人がカメラを鳥に家に帰ったり、足跡の写真を本に掲載したりしている。その散文的にして消化不良的な態度が、「ザ・辺境」なのだ。』(N1495)
 恵原氏の著書「奄美のケンモン」の中のエピソードで米軍占領下の時代、米軍政府からの命令で刑務所でケンモンが住むとされている場所(ケンモンハラ)のガジュマルを斬らねばならなかった。その時尻ごみする受刑者に、刑務官だった恵原氏は『ガジュマルを切る時、マッカーサーの命令、軍政官の命令だぞと唱えればいい、斬る人には祟りはない、祟りは命令者に来る。』(N1293)といって説得して木を切らせた。『このような調子で、「マッカーサーの命令」という合い言葉のもと、奄美の主要なケンモンハラのガジュマルは殆ど切りつくされ、以降、ケンモンが現れたという話も聞かなくなった。(中略)一九六四年、アメリカでマッカーサーが死亡したというニュースが伝わると、村人や刑務所職員の間では「近頃でなくなったケンモンはアメリカに行ってたのかもよ。マッカーサーはケンモンの祟りで死んじゃったんじゃないかなー」と笑いあったという。そしてその後、ポツポツとケンモンの話を聞くようになり、「マッカーサーが死んだのでアメリカから帰ってきたようだ」と話すのだった……。
 著者は言う。『もちろん冗談半分にではあるが意識の隅っこにはその思いがあるのです』と。』(N1304)このエピソードも興味深い。
 「アフガニスタンの凶獣「ペシャクパラング」」
 ペシャクパラングはアフガニスタンで人を襲っていた謎の動物。ペシャクパラングには死体を食べて凶暴化した動物説、米軍が放した動物説などがある。取材に同行した通訳兼ガイドの純朴なヘワッド青年のエピソードは和んでいいね。