ヨハネスブルグの天使たち

 kindleで読了。ネタバレあり。
 SF連作短編集。全ての短編で登場する歌姫と呼ばれる人型のロボットDX9は娯楽用に作られたのだが、安価で頑丈なため色々な用途で使用されている。
 人格をコピー、再現してそのロボットの中にいれることが行われていて、スワンプマンという思考実験の話を思い出す。
 沼の傍で落雷で人が死に沼に落ちたが、次に沼に落ちた落雷で記憶も含めて死んだ直前の人間と全く同一のものが生み出された。そしてその沼男(スワンプマン)は雷に打たれて死んだ人として生活していく。そのことを知らなければ誰も何も気にせず、スワンプマン自身も死んだ男と連続性を持っていると何ら疑わないが、それを知ると不気味さを感じる。

 「ヨハネスブルグの天使たち」表題作。内戦が長く続いている未来の南アフリカヨハネスブルグで、少年スティーブは口を糊するために仲間と強盗働きをしながら暮らしていた。
 スティーブは彼と同じく戦災孤児の少女シェリルと共に暮らす。彼女が毎日ビルから落ちるロボットのうちの一体に意識があることを発見する。そのロボットは歌姫と呼ばれるDX9という日本製のホビーロボットで、耐久試験としてビルから落とされていた。しかし南アフリカで紛争が起きたことで社員が国外に退避して放置されたこともあって、そのテストは途中で止められることなく現在もビルから毎日落とされ続けている。スティーブとシェリルはその意識があって交信することができたDXを助けだそうとするが失敗して、30年近く後スティーブは少年時代に出来なかったDX9の救出を行った。
 そうした30年近く後の南アフリカで、ある暗殺事件の復讐で、暗殺者の出身の集団の人々が処刑される。その人々は「人−機械互換アダプタ」という技術を用いて、人格をDX9に転写して生身の肉体が死んでも彼らはロボットの人間として生きるという道を選ぶ。

 「ロワーサイドの幽霊たち」9.11当時のツインタワーを、当時の人々の人格や行動を再現したロボットで再現している。そのロボットのうちの一人、ビンツが主人公。ニューヨーク育ちのビンツの思い出のエピソードや引用文などがちりばめられることで雰囲気がでていいね。
 ビンツの父でこの実験の計画者であるズール教授は予定外のことが起きたから中にいるロボットのビンツを動かして、予定通り飛行機をビルにつっこませようとする。そのことを伝えられてビンツとして動いていた自分がDX9であると認識する。それでもビンツはそのことを伝えたズール教授に、思わずお父さんと言ってしまってズールが一瞬黙るというシーンが印象に残る。
 「ジャララバードの兵士たち」この世界ではホラーサーン部族連合と名称を変えたアフガニスタンが舞台の短編。アフガニスタン内部で内戦が起こり、アメリカ軍が駐留している。主人公のルイこと隆一は変わり者の旅人。彼はアメリカ兵のザカリーに同行してもらっている。
 ルイはこの戦地の旅で、一人の女性アメリカ兵が死んでいるのを発見する。そしてその人がニューヨーク時代の子供時代のクラスメイトだと気づいて、彼女の死について調べていく。そうすると軍事機密の情報を知ることになり、奇妙なめぐり合わせでザカリーとともに逃亡することになる。
 そして追跡者と交戦することになるも、別勢力のDX9が横やりを入れてきてくれたおかげで何とか助かる。しかしその時にザカリーは怪我をする。そしてザカリーは助からないと悟って車から降りた。ルイは諦めたザカリーを説得しようとしたが叶わなかったが、この時の二人のやり取りの親密さがいいね。

 「ハドラマウトの道化たち」前の短編にも登場した日系のアメリカ軍人アキトは、無政府状態となっているイエメンのゲリラ組織を支援する作戦のためにきた。
 その組織はDXに人格を転写してから自爆攻撃をしかける。一種の神秘主義でそれを行うことで神に近づけるという論理でそうしたことをやっている。そのため幹部のタヒルは人格転写されたDX。
 そして物語の舞台となるシバームの街は、実効支配している多様な集団をまとめ上げるために特異なルールでまとめあげた集団と件のゲリラたちの間で争いがある。アキトたちは少人数で直接強襲をかけるが、強襲が悟られていて結局アキトもタヒルも捕縛される。
 タヒルは下に商店のテントがあるので、そのまま落ちれば助かるとアキトに伝えて自分はジャリアと最後の決戦に臨むつもりだった。しかしアキトは手負いのタヒルが半ば死にに行くのをそのまま見守ることができないくらいにはタヒルの事を気に行っていたので、アキトはタヒルをつかんで下に落ちる。その終わり方いいね。

 「北東京の子どもたち」寂れた団地に暮らす幼馴染の誠と璃乃、14歳の中学生で家庭に少々問題を抱える二人の物語。二人が住んでいる団地の大人たちの間では毎夜DX9に接続して、団地の屋上から飛び降りるという退廃的な遊びが流行っている。暮らしに疲れた人々が行う『希釈された死、または新たな催眠療法――いずれにせよ、しょせんは子供騙しの合法ドラッグだ。』(N2651)
 元々精神的に少々参っていた璃乃の母親はそのDX9との接続して飛び降りる体験をするという遊びに依存してしまっている。そのため璃乃は母にそれをやめさせたいと誠に話す。そして二人はDX9のプログラムを少しいじくってDXを閉じ込めて、その飛び降り遊びをできなくするという計画を立てる。
 そうした退廃的な遊びの流行からも閉塞感を強く感じられる。そんな中での少年少女の挑戦。

 解説に『世界各地(主に紛争やテロの現場)にあるさまざまな建築をモデルにした建物から(またはその周辺に)、日本製のロボットが落下し続けるというのが、この連作の共通項。』(N2901)と書いてあるのを見るまでは落下についてはあまり意識していなかったが、そのことを考えると「ハドラマウトの道化たち」のラストってコミカルなシーンでもあったんだな。