飛ぶ教室

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

孤独なジョニー、弱虫のウーリ、読書家ゼバスティアン、正義感の強いマルティン、いつも腹をすかせている腕っぷしの強いマティアス。同じ寄宿舎で生活する5人の少年が友情を育み、信頼を学び、大人たちに見守られながら成長していく感動的な物語。ドイツの国民作家ケストナーの代表作。


 初ケストナー。子供時代はほとんど本を読まなかったのでこの著者の作品に限らず、児童文学系の本は全然読めていないので、いまさらかもしれないがそうした作品をもっと読んで行きたいな。
 大人の世界とは隔絶された子供たちの世界だったり、「まえがき」にあるように子供たちが成長すると仕方ないで済ませてしまう状況で感じる強い悲しみなど子供たちのリアルな感情、強い感情の動きが書かれていて好きだな。
 よき大人たちが少年たちを見守っていて、そしてネームドのキャラはみんな善い人で、全てが善転し、ハッピーエンドに終わるという物語であり、ともすると陳腐に感じかねないものではあるが、登場人物の子供らしい感情の動きのおかげでそうしたものは全く感じない。
 それに、こうしてちゃんと少年の世界が書かれている作品は好きだし、メインで書かれるその少年の世界にリアリティーがしっかりとある作品だからこそハッピーエンドで終わってくれていることがよりうれしい。
 ギナジウム(10歳から入る、9年制の全寮制の寄宿学校)の子供たちのクリスマスまでの数日間が書かれたクリスマス物語。
 最初はいっぺんにメインキャラがわっとでてくるからちょっと各人物を把握するのがちょっと大変だけど、それ以外は読みやすかった。
 5年の5人組みの仲間たちと友情や、教師である正義さんと学外で知り合った変わり者のよき大人である禁煙さんの友情や、2人との互いに好意を持った交流の話。
 5人の少年たち。両親に捨てられドイツの祖父母のところに送られたが、祖父母も既に居なかったときに彼をドイツまで送った船長に引き取られた、孤児で本を読むのも物語を書くのが好きなジョニー・トロッツ。常にお腹が空いていて友人にしょっちゅう金を借りて菓子などを買っては食べている、ボクサー志望で腕っ節の強い(しかし乱暴さはない)マティアス・ゼルプマン。小柄で臆病者だったウーリ・フォン・ジルメン。おどけ冷笑して、笑わせる皮肉屋で舌鋒の鋭いゼバスティアン。家は貧乏だが成績のよい奨学生で絵が上手く、そして度胸があり友誼に厚いマルティン・ターラー。
 実業高校と寄宿学校間での伝統的な対立。そうしたなかでも、あるいはそういう形でも交流があるから、敵方のエーガーラントととげとげしくせずに普通に交渉したり、決闘後、エーガーラントが仲間が約束を履行せず捕虜を帰さないといっているというのを申し訳なさそうに言っていることなどを見るに、少なくとも彼との間では信頼関係があるようだ。個々人の間ではそうした交流を通じて一定の関係を築いている。
 そうした敵のエーガーラントも悪い奴ではないし、9年生の美男のテオドールも最初は細かく文句をつけていたが、正義さん(ヨハン・ベーク先生)に説諭されて、しゅんとしてすぐに態度を改めて寛容になっているし、悪い奴はいない。
 実業高校のやつにディクテーション・ノートを燃やされたことをルーディが父である先生に説明したとき、彼の父は先生である態度を崩さず平然と両親は云々といっているのがとぼけた味わいでちょっといいね。この1シーンだけで、この先生が、なんというか森博嗣の小説に出てくる犀川先生みたいな性格だということが伝わる。
 マティアス両親から金が送られてきたときには、借金を返すと共に気が大きくなって芝居の練習中に友人たちと食べるためのクッキーを買うなどのちょっとした浪費をしているのがなんか微笑ましい。
 マルティンという普段は商業高校との自分が一人敵地に行って交渉したり、自分が責任を負って仲間を庇おうとしたりと度胸がある大人っぽい少年が、クリスマスにうちに帰れないことで、ひどく悲しくなるなどの子供らしさを見せているギャップがいいな。そうした子供らしい部分と大人らしい分の混在が少年少女っぽいと感じていいなと思う。
 悲しんで一人ないているところを正義さんに見られて、正義さんはクリスマスプレゼントとして旅費をプレゼントする。しかしそれに対して、感謝しつつも後でバイトして返そうとしているマルティンに対して、正義さんが『クリスマスイブに旅費をプレゼントするんだよ。返してもらおうなんて思っちゃいない。そのほうが、うんとすてきじゃないか』(P191)という言い方をして、マルティン少年の遠慮や申し訳なさをぬぐってやり、返さなくていいといっているのはいいな。「そのほうが、うんとすてき」とは、いい言い回しだ。
 そしてマルティンが帰っていくところで終わったり、かえって家の扉を空けたところで終わって、あとは想像に任せるなんてことはせずに、帰ってきてからの両親との会話、心温まるクリスマスの家族団欒の様子を書いてくれているのはうれしい。
 解説、『子どもにも大人とおなじような悩みがある。『飛ぶ教室』では、少年たちの冒険と悩みが、メランコリーとユーモアをからめて描かれている。』(P223)冒険というのは日常舞台だから気づかなかったが、少年たちのリアルなイキイキとした姿が見られる小説というのはいいよね。