ドン・キホーテ 後篇 三

ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

物語も終盤にさしかかり、ドン・キホーテ主従は、当時実在のロケ・ギナール率いる盗賊団と出会い、さらにガレー船とトルコの海賊との交戦を目撃することになる。さて、待望の本物の冒険に遭遇したわがドン・キホーテの活躍は…。

 これでドン・キホーテ読了! 非常に読みやすかったこともあり、思っていたよりも早く読み終えることができてよかった。特に後篇になってから、解説でも書いてあったように、何かを騎士道物語的なものに見間違えて実害をドン・キホーテが被ることが少なくなり、「ドン・キホーテ」(の前篇)を読んだことがある人々から大仰に敬意を表されながら、悪ふざけで騎士道物語に出てくるような物事を芝居して信じさせようとした結果、ドン・キホーテがそれを信じて滑稽なことをするという形に変わり、笑われると同時に親しまれていて、邪険にされたり相手やドン・キホーテ自身に身体的・金銭的な実害がでるようなことがなくなったから個人的にはより読みやすくなった。
 サンチョの栄達、(公爵の悪ふざけの芝居で)領主になったことを知らされたサンチョの妻と娘は、サンチョが再び出立することに反対していたが、舞い上がり、馬車を買おう、上等の服を買おうと皮算用をすぐに始める。こうした悪ふざけだが信じさせるために、公爵夫人は高価なアクセサリーを送っていることもあって、騙していることへの不快さを少なくとも個人的には感じない。
 さらにサンチョが領主を辞す際に、そのまま放り出すのではなくて何かしら物を持たそうとしたり(そこではサンチョが拒んだが)、その後主従が公爵の城を出る際に路銀の足しにしてほしいと結構なお金(金貨200エスクード)を貰うなど、他の場面でもドン・キホーテを読み知っている人々は歓待したり、そのように物をプレゼントして、この主従に実害を与えないようにしてからかっているから、そうした嫌な感じがなくていいね。
 サンチョは10日ほどの短い期間で領主を(辞めさせる前に)自ら辞めることになったが、51章の終わりでサンチョが領主している間に『彼は実に立派なほうを定めたので、それらはかの地で今日にいたるも《偉大なる領主サンチョ・パンサ憲法》と称えられ、遵守されている』(P49)とあるので本当にそうした領主業務をして、実際に彼の作った法律を施行させたのかと驚いた。しかし55章で公爵夫妻に領主を自ら辞したサンチョ本人が『何か役に立つような法律を定めてやろうかとは思いましたけど、それが村人に守られないんじゃねえかと思って、一つも作りませなんだ。』(P113)といっているのでどちらが正しいのか。
 サンチョの言葉が謙遜か、それとも公爵に与えられた島の領主の職を辞した理由として嘘をいって自ら辞したことを納得してもらおうとしているという理解でいいのかな。
 公爵に仕える老女ドニャ・ロドリーゲス、娘が結婚の約束した男に約定破りをされたことに憤り、芝居抜きでドン・キホーテに懇願して、その男に約束を守らせてほしいと今晩する。その事態に公爵夫妻は驚いたが、公爵は自身の従僕にその男と偽らせてドン・キホーテと決闘させて、コテンパンにして楽しもうとする。しかし従僕トシーロスはドニャ・ロドリーゲスの娘を見て一目ぼれしてしまい、試合開始前に負けを認めて、結婚しようと試みる。娘は当然抗議の声をあげるも、ドン・キホーテは魔法使いの仕業で見た目を変えられたのだとその嘆きをなぐさめようとする。そのことで当初の計画を逸脱して勝手なことをした従僕に立腹していた公爵も笑う。しかし66章で明らかになるが、結局従僕とこの娘は結婚せずに(まあ、本来結婚を約束した男と違うのだから当然だが)、娘は郷里のカスティーリャに戻り修道女になったようだ。
 その後ドン・キホーテは領主を辞してきたサンチョと合流する。そして2人は公爵邸から出立して、旅を続ける。公爵家を出てから、またドン・キホーテを知る人たちと出会う。そこでの恩を返そうと、道行くものにドン・キホーテを食事に誘った彼女をドゥルネーシアをのぞけば最も美しいと認めさせるといって道の真ん中に居座り、急いで移動していた牛追いに警告されるも退かなかったために、牛に轢かれることになる。後篇では珍しいドン・キホーテが肉体的に叩きのめされる話だ。まあ、公爵邸を辞去してから、公爵夫妻の遊びの世界から読者もろとも引き戻すためのエピソードだろうな。
 後篇ではドン・キホーテは旅籠を城と思い込むことなく、正しく旅籠と呼ぶ。この巻の169ページでわざわざ今まで旅籠を城と呼んでいた云々と書いてあるけど前巻でドン・キホーテが人形劇見たところも旅籠じゃなかったっけと一瞬思ったが、それは話を聞きたいならそこに言ってくれといわれていったところだからそんな思い込みをするはずがないということね。
 この巻になって偽作のドン・キホーテに言及する回数増えて、作中でそこで語られているドン・キホーテの話が嘘・偽者であると、その本を読んだことのある人々やドン・キホーテとサンチョの主従に批判させているのは、序文でも怒っていたけど半ば本気で怒り、半ばそうした笑いを生むために触れているのだろうが、本編中でも何度も繰り返しその偽作(『ドン・キホーテ 続編』)について批判しているのが面白い。しかし偽作中のキャラである郷士アベリャネーダを登場させて、ドン・キホーテと対面させて、確かにこのドン・キホーテ主従と『続編』(偽作)のドン・キホーテとサンチョとは全く違う別人といわせているのには笑った。
 主従はバルセローナに入り、そこで「ドン・キホーテ」を読んだ富裕な商人に出会い、今度は彼らから丁重な態度をとられ、歓待される。そして公爵家のときのように物語の騎士のように扱われて、愉快ないたずらを仕掛けられることになる。
 真実を話す青銅の胸像、下の階と繋がっていてそこから話して胸像が喋っているように見せかけるという種があるのだが、それに向かってドン・キホーテはモンテシーノスの洞穴について真実かを尋ねているということを見るに、その体験はやっぱり本当か否かの確証のもてていなかったのね。まあ、少なくとも死ぬ間際に正気を取り戻すまでは、たぶん本当だろうと信じていたようではあるけど。
 当時の実在した有名な野盗が登場する挿話とかモーロ人追放という当時行われていたことを題材にした、国外追放されてから再び故郷スペインへ戻ってきた親娘の挿話について、解説見てから、それらの挿話では本物の冒険が目の前に現出したときのドン・キホーテの影の薄さ、無力さを描かれていて、それを書くために、それらのドン・キホーテが話の中心から外れるそれらの挿話が置かれていたのだとその挿話が書かれた意図を知る。
 学士サンソンは今度は《銀月の騎士》を名乗り、ドン・キホーテに決闘を挑んで勝利して、一年間村で静かに過ごすように誓わせる。そのようにして当初の目論見を果たす。ついでに以前思わぬ負けで怪我をしてしまったからドン・キホーテを叩きのめしてやると思っていたが、その思いもこの決闘で果たす。
 そのサンソンの行動に対し、バルセローナのドン・キホーテの狂態を楽しんでいた人は、あんな愉快な狂人を正気に戻すことは世間の人々にとって損害だと、彼がした行為を嘆く。
 負けた後のドン・キホーテとサンチョの主従は村への帰途についたが、ドン・キホーテがあまりに意気消沈しているので、見かねたサンチョがドン・キホーテを慰め励ます。
 そしてそれに励まされてドン・キホーテは少し元気を取り戻し、一年間の村で大人しく過ごす期間、サンチョや友人たちと牧人となって暮らそうかという計画を夢想し、その計画についてサンチョに話し、サンチョもいい計画だとその話に乗る。本気でよいと思っているのか、励まそうとして話に乗っているのか、それとも傷心のドン・キホーテを励ますために本当に1年そんなことをしてもいいかなと思っているのか、どうだろな。
 そうして帰っている途中で公爵邸に、今度は半ば無理やり連れて行かれる。そして、もう一度芝居に付き合わされることになる。しかしなんでそうして、ドン・キホーテが来ることをわかっていたのかと思ったら学士サンソンから聞いて、近いうちに帰ってくるということがわかっていたということなのね。
 しかしサンチョは自身に鞭打ちすれば、ドン・キホーテの思い姫ドゥルネーシアにかけられた魔法を解く効果あるともちょっとは可能性信じている幹事なのに、かたくなに鞭打ちしないな。まあ、量が量だからそんな薄い可能性で一丁やってみるかとはならないか。そしてドン・キホーテ、それなら自分を鞭打ちするかわりに金を出すと提案し、その提案に心はなびき、やってみるかと身体に鞭打つも当然ながらあまりの痛さに耐えかね、その後は森の中で木を打ちながら苦痛の声を出すことで、自身が無知打ちしているかのように見せかけてドン・キホーテを騙し、金を騙し取る。しかし以前、公爵が旅費として渡したのが200エスクードで鞭打ち全部で825レアル、そして1エスクード=16レアルということなので全額払っても51エスクードとなってそれで損をしているわけでもないから、相続者の姪が可哀相ということにはなっていないようだから別にいいか。貨幣単位きちんと覚えていないかったから、読んだときはサンチョが悪党のように思ったけど別にそうでなかったのね。しかしこれで公爵からの金がまだ4分の3残っているということは壊した人形や水車小屋での修理費、あるいは旅費なんかも含めてもとんとんか、あるいはむしろお金増えたなんてこともあるのかな。遺言で旅したときの金でサンチョとの貸借関係の清算をして、残ったらサンチョに与えるといっているのだから、旅に出る当初から持っていた金も含んでいると思うから確かなことはいえないが、サンチョが死ぬ直前から既に遺言を聞いたからうれしそうにしていたという描写を見るに、公爵から頂いた200エスクードの内のそれなりの金銭が余っていたのだろう。そこらへんの収支表がちょっと知りたい(笑)。
 村に帰ってからしばらくして重い熱病で床につき、その中で正気を取り戻したことで騎士ドン・キホーテは、もともとの郷士アロンソ・キハーノに戻る。そしてそのまま床についたまま遺言状などを書き、周りの人々とのお別れをして、そのまま最後を迎える。
 解説にあるように、後篇では前篇のように『ドン・キホーテは自分の妄想に浮かされた感覚によってではなく、彼をとりまく者たち(サンチョ、公爵夫妻、話す能力をそなえた胸像を用意するドン・アントニオ・モレーノたち)によって欺かれるのである。』(P426)そのためドン・キホーテは終始に担がれっぱなしだったな。
 ドン・キホーテが「ドン・キホーテ」(つまり前篇)を読んだ人と出会うことがとても多いなあ。そうしたことを書けるくらい、出版当時も非常に大きな反響(1万2000部が刷られ、外国語版がでるという本文で言及されている)があったということかね。そして解説に前篇が「騎士物語」に依拠していたように、後篇は「ドン・キホーテ 前篇」という「本」に依拠していると書いてあったが、それは気づかなかったがなるほど。