ドン・キホーテ 前編(一)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテスの代表作。

 あまりに有名な作品だからいくつかのエピソードやドン・キホーテのキャラクター、従者サンチョ・パンサの名前などというちょっとした知識はあったが岩波文庫版で全6冊という分量の膨大さゆえに中々手に取れていなかった。しかし色々な本でそうしたキャラのオマージュがなされたり、言及されることが多く、それを見るたびに読まなければという思いが募っていたということもあり、ようやく一念発起して読み始める。もとからそんなに読みにくい作品ではないだろうとは思っていたけど、想像以上によみやすかったので、2015年内には読み終えることが出来そう。
 挿絵が結構豊富に入っているが、それはとても物語とマッチしているし、上手くていい感じ。しかしドン・キホーテ、細いなあ。サンチョ・パンサの太くて背が低いのと、細くて背の高いドン・キホーテ、そうした正反対のでこぼこコンビ的なパターンはどこでも共通だね。
 騎士道物語をパロディした作品で、狂気の「遍歴の騎士」ドン・キホーテが巻き起こすさまざまな騒動を描いた小説。しかしこの巻でさまざまな場所に移動していて騒動を起こして、あちこち怪我しているのに、サンチョ・パンサと冒険の旅に出てから1週間もたっていないようなのはちょっと驚きだわ。
 郷士(下級貴族)である、やせた50近くの男キハーナが騎士道物語に取り憑かれ、頭の中がそうした幻想で一杯になり、自らをドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと称して、物語のような冒険を空想しながら、自ら遍歴の騎士として冒険に出ることになる。
 旅に出る前に相応しい武器・防具を揃えなければということで、曽祖父の甲冑などを引っ張り出す。兜は頭の上を覆う鉄兜しかなかったため、面頬を厚紙と細い鉄の棒で作ってそれらしい見た目を作り、防御性能には考えないようにして、申し分ない面頬付き兜とみなして満足。
 やせ馬にロシナンテと名づけ、自分にも相応しい名前をつけようと一週間考えてドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと名乗ることにする。後は、自分が愛をささげるべき貴婦人が必要だと思い、今愛している婦人いなかったが一時心を寄せていた女性を念頭において、その彼女の名前を姫に相応しい名前と変えて、思い姫とすることで、遍歴の騎士に必要な条件を満たせて、これで準備万端といよいよ出発。
 暴虐・不正の排除を目的に出発。道化の騎士。そうしたところから近代のスペインの政治についてちょっと書かれていた文章で、ある政治思想家がそうしたものがスペイン的だといったのだったかなんだったのか忘れたけど、それが微妙に頭の中に残っているため、ちょっと哀愁を感じてしまう。うーん、何の本にそうした文章が出てきたのか、思い出さなきゃな。そんなに前に読んだ本ではないはずなので。
 出発第一日目の夜、宿屋に泊まるがそれは遍歴の騎士に相応しくないからか、宿屋を城、娼婦を美姫に、宿屋の主人を城主だと遍歴の騎士に相応しいシチュエーションだと思いこんで、そう対応する。
 ドン・キホーテ、彼がだまされて痛い目に遭うというのではなく、痛い目に遭ってもその状況を騎士道物語的な状況に置き換える、取り違えるという狂気によって周囲の者が翻弄されて災難なことにへんなことを言われたり、痛い目にあうことなどのほうが多い。そして彼が痛い目に遭うときは、彼が敵と見定めた相手に立ち向かったり攻撃するなどしたことに対する反撃でやられてというケースがほとんどで、概ね自業自得感があるので、そんなことをした敵方に怒りが収まらないということはないのはいいね。個人的には狂気でも無知なものでも、ある人が騙されて痛い目に遭うという展開が本当にダメなので、それがないのは本当に良かったわ。つまり主人公を襲う理不尽さがないからいい。
 まあ、ドン・キホーテ武装しているから、狂気に気づいて愚弄しようとすると攻撃を食らったり、大騒動になるから、変にからかえないというのもあるかもしれないが、狂気を見抜かれてもせいぜいちょっとからかわれるくらいで、それを利用されて酷い目に遭わないというのはいいね。少なくとも今のところというだけかもしれないけれど。
 一度目の旅は騾馬引きに叩きのめされ(それも彼が襲いかかったのが発端だから自業自得だが)、顔見知りの農夫に連れられ、3日で帰宅。
 しかし元の彼が慕われ敬われる存在というのは、それを思うと変容が痛ましくも思う。まあ、もとの彼は描かれないから、知らないのでチラリとそんなことが頭によぎる程度だけど。
 六章、焚書裁判。彼をあんなふうにした本を焼こうとする。しかし司祭が本を見て、焼くものとそうでないものをわけて、一々手にとって騎士物語など当時の本に評をつけているのを見るのは中々面白い。
 書斎を壁で塗りこめてしまって、入れないようにする。ドン・キホーテ、書斎がないことに困惑してしばらく、うろうろして書斎を探していたが塗りこめられているので当然見つからず、書斎についてたずねると、魔法使いが書斎ごとどこかに運んだといった。それにドン・キホーテは騎士物語的なものを見出して、その説明に納得(満足)した。しかし、いじわるっぽくてあまり言うのはためらわれるけど、こうして見当たらなくて困惑しながらうろうろしている様はなんかかわいらしい。
 従者が欲しいと、少し頭が弱い農夫サンチョ・パンサ(パンサ=太鼓腹)を、冒険をすれば島が簡単に手に入るし、お前をその島の領主にしてやるといってかきくどいて、その気になったサンチョ・パンサドン・キホーテの従者になって妻子を置いてドン・キホーテとともに旅に出る。

 しかしサンチョ・パンサは、なんとなく物語の最後でドン・キホーテが死ぬときに遺産だか報酬だかのことを思うというようなのが書かれていると確かどこかで読んだ記憶があるのでもっと狡猾な、頭の回る、計算高いような人間だと思っていたが、思っていたのとは正反対の人物でちょっと驚いた。

 この二度目の旅の初日で早速、有名な風車との戦いが描かれる。こんなに早くに出てくるエピソードだったのですね。風車を巨人だと思い込んだドン・キホーテは風車に突撃しやられる。
 鈍いサンチョ・パンサ。冒険続けていても、そこそこドン・キホーテのこと信じているので全否定とかはせずに、基本彼の言葉を信じているのだけど、しかしドン・キホーテは騎士道物語的な物を見てしまうから、そうした見間違いなどには流石にツッコミをいれていて、そうしてほど良く信じ、ほど良くつっこんでいるのはいいね。
 主人の言行を一々おかしいのではないか思ったり、あるいは主人は狂気だと知って、内心は冷めているのに、ドン・キホーテに調子を合わせているとかそういうのだとちょっとドン・キホーテが哀れになってしまうので、そうした程よい塩梅の信じ具合。彼の狂気のことを従者、ペアの片割れであるサンチョ・パンサがわかっていたら、読んでいてドン・キホーテのことを哀れに思ったり、気まずい気持ちになるだろうけど、そうじゃないおかげで単純に楽しみ、笑いながら読める。
 サンチョ・パンサも当然のように主人に従った行動をしていて(暴力沙汰になりそうなことはともかく)、そうやって同じノリで行動して酷い目あったりしていて、そこからも彼が要領よく立ち回っているのでないことがわかるので、いい主従コンビだ。
 それにしてもドン・キホーテは思い姫のことを想って、まんじりともせず夜を過ごすというのが遍歴騎士としてふさわしい態度だと想っているから、ほとんどの夜を寝ずに過ごしているが、良くそんなに眠らないでいられるなあと創作であるけど感心と言うか心配してしまう。
 主人のためサンチョ・パンサは、さんざん棍棒でぶちのめされた跡をごつごつした岩から転げ落ちたといって、自分も同じくぶちのめされていることについてはドン・キホーテが落ちるのを見て肝をつぶした『そのショックのため、まるで棍棒でめった打ちにされでもしたみたいに体がうずくんだ』(P278)なんていうごまかそうとしているのは笑える。
 二つの集団の羊たちが上げる土煙を見て、二つの軍勢の激突だと思って、土煙の中からさまざまな(騎士道物語で有名な?)騎士たちを見出してサンチョ・パンサにその気氏たちの説明をした後、羊にしか見えないというサンチョを一顧だにせず、羊の軍勢に突撃するドン・キホーテ。その際に羊飼いに飛礫をぶつけられて奥歯などを折ったが、その顔を見てサンチョ・パンサは彼のことを「愁い顔の騎士」と呼ぶように。
 ドン・キホーテ、万一のときのために遺言状を残して、サンチョが働いた日数分の給金を払うようにと書いてきた。騎士道物語に書かれていることでもないのにそんなことをしているのだから、そこらへんのお心遣いは彼の性格かな。