ソロモンの歌

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

赤ん坊でなくなっても母の乳を飲んでいた黒人の少年は、ミルクマンと渾名された。鳥のように空を飛ぶことは叶わぬと知っては絶望し、家族とさえ馴染めない内気な少年だった。だが、親友ギターの導きで、叔母で密造酒の売人パイロットの家を訪れたとき、彼は自らの家族をめぐる奇怪な物語を知り、そのルーツに興味を持つようになる―オバマ大統領が人生最高の書に挙げる、ノーベル賞作家の出世作。全米批評家協会賞受賞。


 作者さんは名前から、なんとなく勝手に男性だと思っていたけど女性なのね。
 冒頭から狂した郵便配達人が空を飛ぼうとしているのを見守る人々と言う面白そうなシーンから始まって興味を引き付けられる。そうしてページを手繰るのが遅くなりがちな物語の最初が読みやすいのはいいね。そして想像よりずっと読みやすくてよかった。
 まだ黒人差別の色濃かったかつての時代を描いたものということだが、あまり白人たちの世界と交わったところが描かれないということもあってか、重苦しさがないのもいい。そうしたのもテーマだろうけど露骨に書いたり主張して、鼻白ませないうまさがある。
 また、知ることの少ない、当時の北部のアフリカ系アメリカ人の生活などについて知ることができるのでそうした点でも面白かった。
 ミルクマンが生まれたとき、フーヴァー大統領(1929~33)の時代で、ミルクマンが幼い頃に1936年とあるから、1960年代前半から中盤かな。
 ミルクマンの母であるルースは愛したい、愛されたい(男女間に限らず親子間でも)と思う気質、そうした強い愛情、あるいは幼さを持つ。いつまでも子供との接触を持ちたいと思っていて、息子がかなり大きくなっても乳を吸わせていたため、その息子であり本書の主人公にミルクマンというあだ名がつけられた。
 ミルクマンの父のメイコン・デッド(ミルクマンの祖父も、ミルクマン自身も同名)は貸家業をしている。町で初めての重要な黒人であるルースの父(ミルクマンの外祖父)にその娘との交際の許しを請うときに、当時すでに持っていて貸していた二つの家が功をそうしたと思った。そのため、そうした仕事でこれまで財産を増やしてきた自分自身を誇りに思っている。そして当時黒人で立派な生活をしている人が少ない中で、自分が紳士であり、立派な財産があることをひどく自慢に思っている。
 ミルクマンの外祖父フォスター、医者で当時の黒人として破格の立身をとげた人物であるが、俗物的で自身の肌の色を気にしていた人間。メイコン・デッドが娘との交際を許してもらいに来た時に、実はルースが16になっても、いまだに親離れできていない、べたべたと接触を求め喜ぶことに困惑していた。そんなことも交際を許す要因の一つであったようだが、それをデッドは知らない。
 父メイコンの妹、臍がない叔母パイロットは密造酒を作って生計を立てている。昔は兄と仲が良かったが、現在はメイコン・デッドは彼女を避け、疎んでいる。そのためデッド一家と同じ町に暮らしているが交流はなかった。ミルクマンがはじめて叔母である彼女とあったのも、友人のギターに連れられてのこと。
 ミルクマンがパイロットの家に行ったと聞いて、息子を怒ったメイコンだったが、ミルクマンに「パパのお父さんはパパが十二のとき、そんなふうにパパを扱ったの?」と尋ねられて、メイコンが久しぶりにしみじみと父のことを思い出し、自身の子供時代、父が所有していた農場で暮らしていたころの懐かしい思い出を少し語っているシーン(101ページ〜)は好きだな。そしてそうして語った後、少しトーンダウンしてだが穏やかに再度パイロットのもとに行ってはだめだということをミルクマンに言って聞かせる。そして自身が子供のころに父が自分を手伝わせたことを思い出して、ミルクマンに自分の仕事を手伝わせて、仕事を教えることにする。この話を聞いて親子の絆は深まった。しかしパイロットのもとへ訪れることはやめなかった。
 ミルクマンはメイコン・デッドが年かさになってからの息子であるため、パイロットの孫のヘイガーは、ミルクマンにとってはいとこの娘だが年上。ミルクマンにとって彼女はかつては憧れだったが、恋人となって十余年付き合ううちに彼はやがてつれなく接するようになる。そして都合良く、急に血縁だと思いだして、恋人としての縁を切ろうとする。それによって最初よりもずっと彼への思慕、傾倒が強くなっていたヘイガーはそれに嘆き悲しみ、かなり精神的に危なくなり、ミルクマンの視点を自分に向けようと、しばしばミルクマンのもとにきて彼に刃物を向けるようになる。ミルクマンは最後の決戦とばかりに刃物を持った彼女に身をゆだねたが、愛する男の美しさに殺すことはかなわない。そうして刃を向けるのを止めると、ミルクマンはお前がその刃で……という呪いの言葉を放ち、それにヘイガーは打ちひしがれることになる。
 ルースがミルクマンを妊娠した時、夫のメイコン・デッドはもう既に妻のことを愛していなかったこともあって流産させようとしたが、ルースはパイロットに助けを求め、そのおかげで無事ミルクマンは生まれることができたことが明かされる。
 父メイコン・デッドがあれだけ妹であるパイロットのことを怒っていたのは、父が殺された後、逃げていたピリピリしていたときに出会った白人を殺してしまった。そのときに偶然その白人が多くの金を持っていた。それを見て、彼はその金を貰おうとしたが、パイロットはそれをさせなかった。父はおそらく、その金を自分たちの新しい生活を築くための金であり、ある意味父を殺して農場を奪った白人たちに対して、その対価としてもらうのが「当然」(デッドの意識では)であった金をパイロットがとらせるのを拒んだから起こっていたのだろう。そうしたとこで七曜日の男たち、白人による黒人殺しがあれば、相手が無差別に黒人を狙うようにわれわれも白人を同じ人数だけ殺すということを誓い合った秘密結社と通じている(対価的な意味で)のかな。
 ミルクマンはずっと父の仕事を手伝っていたが、30を過ぎて自立するためにその職を離れて、自分で職を探したいと思うようになるが、父は仕事で彼に頼る部分も多かったのでそれに反対する。ミルクマンと言う通称は、そうした周囲の環境もあって、いつまでも大人になりきれない部分もあらわしているのか。
 しかし父はパイロットの家にある袋につるされている謎の重量物の存在をミルクマンの口から聞き、きっとそれがその白人の金塊だと思い、ミルクマンが自立することを認める代わりにそれを盗ってこさせようとする。
 秘密結社の七曜日に入っていることを知って、距離が開いてしまっているが子供時代からの友達であるギターにその話を持ちかけ山分けにしないかという。別に持ちかける必要はなかったのだが、久しぶりにギターと親しく話しあいたいと思ってその話を持ちかるが、それが後々に響いてくる。
 そうして実行するもそれに入っていたのは、後にその洞窟に戻ってとってきた骨だった。帰り道に警察に捕らえられるが、盗まれたパイロットがミルクマンを助けるために弁解にきて、助けられる。だが、皮算用の当てが外れたギターはパイロットのことをうらみに思い、その姿を見たミルクマンは彼が既に人を殺しているのだと確信するに至る。
 そうして金をパイロットが持っていないことがわかって、洞窟から一度出してまた戻したのではないかということで、ミルクマンは一人で南部に、父とパイロットの生地であり故郷に、祖父が死んだ場所に赴くことになる。
 その街でミルクマンが農場があった場所をたずねるために、その町の人に父のことを話すと昔からその地に住んでいた町中の老人たちの歓迎を受ける。祖父は無学でもひたむきに土地を整備すれば、黒人でも素晴らしい農場を作ってその農場の農場主になれることを証明していた立派な人物であり、その地の黒人たちの理想だったこと、父も非凡な人物として映っていたことが明かされる。
 当時子供だったその老人たちは、その立派なメイコン・デッド(祖父)が死んだときに、そうした理想を失った。そのため『少年のうちにすでに、これらの老人たちは死にはじめ、今もなお死につつあった。』(P445)そうした老人たちに、ミルクマンが現在の父の姿、持っている家作の数や1年毎に新車に買い換えることだったり、父の仕事などの自慢話を語ると老人たちはそれでこそあの人だ! メイコン・デッド(祖父)の息子だととても喜び、ミルクマンも喜んでいることに喜び、父を誇りに感じているこのシーンはとても好きだ。
 祖母の名前がシング・デッドだったことを知る。そのことを知って、パイロットと父が祖父が死んだ後に見た祖父の幽霊がシングといっていたのを、母の名を知らないパイロットが歌えだと思っていたが、実は祖父の妻の名前だったことがわかる。そうしたちょっとした不意打ちで、驚くところがあるのはなんかいいな。また、その祖母はインディアンだったようだ。そして祖父は間違いで、メイコン・デッドと名前が登録されたが、本名はジェイク・某という名前だった。
 そして洞窟で金塊は見当たらず、ミルクマンは、パイロットは祖父母が来た場所ヴァージニアに金塊を埋めたのではないかと思いヴァージニアにまで足を伸ばすことになる。そうして金を探す中でルーツをたどっていくことになる。あるいはこの段階では既に金塊を探すという理由をつけてはいるが、既に家族の来歴が気になって、もっと遡るためにそうした理由をつけてヴァージニアに行っているのかもしれないが。
 ミルクマンはヴァージニアの町での振る舞いが、その町の黒人たちの鼻に付き喧嘩を売られることになる。流血沙汰になった喧嘩は勝ったが、その後狩に誘われて、そこでその地の人は自分たちの強みを見せようとする。
 その狩の最中に、ミルクマンが金塊を見つけて独り占めしようとしていたと思ったギターに襲われて殺されかけることになる。しかしその時に鉄砲を撃ったことを、ともに狩に来たメンツに驚いたからといったので、彼らはその間抜けさで一本とった、名誉挽回したと思って、ミルクマンと打ち解けることになる。
 しかし、ギターに殺されかけたとき走馬灯でヘイガーの幻想を見て、かえってきたら彼女と和解することになるだろうと思わせて、それでハッピーエンドになるだろうと思ったら、ヘイガーはミルクマンが旅して街を離れているときに最後までミルクマンを愛し、そのために狂して死んだことが書かれる。
 街に帰ってきたミルクマンはルーツのこと、その物語を知ったことに興奮して、パイロットならば喜んでくれるだろうと真っ先にパイロットのもとに行く。彼はヘイガーともやり直せたはずだったが、彼が町から離れているあいだにパイロットの孫であるヘイガーは焦がれ死に、そのことで強い怒りがあったパイロットに殴られる。
 ミルクマンはパイロットが持っている骨は白人の骨なんかではなく、実は彼女の父(つまりミルクマンの祖父)の骨であることを話す。そしてパイロットがその骨を埋めることを進める。そして代わりにミルクマンは、パイロットが白人の骨だと思って持ち歩いていたように(自分の罪の証、そして悼むために)ヘイガーの骨を貰い受けることにする。
 父にルーツの話をしたら非常に関心を持って話を聞いてくれて、そして祖父の骨をヴァージニアに埋めるというつもりだということをいうと非常に喜んでいた。こうして主人公が知ったルーツについての話を関心を持って聞いてもらうという描写はなんかこっちまでうれしくなる。
 そしてラストは祖父の遺骨を埋葬した後に、ギターの銃撃によってあるいは自分の銃でパイロットは死亡して、ミルクマンとギターが対決することになるという終わりという血腥い悲劇で終わることになる。
 パイロットはミルクマンについて『あんたの息子は殺されないでいようと頑張りながら、この世に出てきた。あんたのおなかにいるとき、自分の実の父親が殺そうとしていたんだからね。それに、あんたもいくらか手伝った。あの子はひまし油や編み針と戦い。熱い湯気で殺されそうになるのと戦い、そのほかにも、あんたとメイコンがやったいろいろなことと戦わなければいけなかった。でもあの子は勝ち抜いた。一番無力な頼りないときに、あの子は勝ち抜いたんだよ。あの子が自分でばかなことでもしないかぎり、どんなことがあってもあの子は死にはしないよ。』(P268)と評しているし、彼は最後に生長もあるので彼が勝ちそうな気もするが、ギターに立ち向かうのが「ばかなこと」に入っていることも充分に考えられるし、どうなんだろうね。
 しかしこの最後のミルクマンとギター、露骨に互いに何かを象徴しているような感じはあるが、何を象徴しているのかがいまいちわからないな。
 ヘイガーが死ぬまではヘイガーと和解してハッピーエンドの大団円でも終わらせそうな話だったのに最後にがたがたっとそんな甘い世界が崩れてしまったな。ミルクマンが真の意味で大人になるという終わりだから、そうした優しく取り巻く世界が崩れて終わるのも意味あるのかもしれないけど厳しい終わりだ。ミルクマンの成長、遅すぎたからこんな結果となってしまったと見るべきか、最後の最後でこの悲劇的な現実と向き合う成長ができたとみるべきか。