アナバシス

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

前401年、ペルシアのキュロス王子は兄の王位を奪うべく長駆内陸に進攻するが、バビロンを目前にして戦死、敵中にとり残されたギリシア人傭兵1万数千の6000キロに及ぶ脱出行が始まる。従軍した著者クセノポンの見事な采配により、雪深いアルメニア山中の難行軍など幾多の苦難を乗り越え、ギリシア兵は故国をめざす…。

 何年か前からずっと読みたいと思っていたが、古典とかを読もうとする意欲が低下しているので、興味を惹かれてはいたのだが中々実際に手をとるまでが長く、ようやく読了。
 しかし「海だ、海だ」が有名だから、なんとなく夏くらいの話なのかと思ったら、ペルシア軍からの追撃を振り切る前半は秋も深まっている冬に近い時期の話なのね。そして読む前は「海だ、海だ」といっている場面はクライマックス近くのシーンかと思っていたが中盤だったのか、しかし冬山の山頂で言っているとは思いがけなかったな。それにその後もアジアとヨーロッパの境を放浪する軍隊となったり、トラキアで山賊の首魁のような男に雇われて彼をその土地の王にした。そして結局本書の最後にいたってもギリシアに帰っておらず、最後はスパルタにギリシア傭兵部隊を丸ごと雇われて再びペルシアへ進軍しに行くという場面で終わるというのは予想外だった。そして解説を見ると、そうして再びペルシアに行った後は小アジアの各地で何年も戦っていた。ティッサペルネスを失い、自国の領土内を数年に渡り転戦していたスパルタ軍に手を焼いたペルシア王は、多額の黄金を用いて工作をした結果、アテナイなどとともに反スパルタ同盟を結成した。
 ギリシア軍が軍の食料などを手に入れるために、あちこちの集落や村に掠奪に行っているが、それに対して何の罪悪感も抱いていない割り切りぶりは、流石古代だな。現代とはまったく違う意識にちょっとカルチャーショックを受ける。
 人の住む街という言葉に訳注が付されていたが、そこに「砂漠の多い荒野では住民に見捨てられたゴースト・タウンが多かったことの証拠」とあり、乾燥していて、石やレンガで作られた建物とかが多そうだから、そんなに多くあるのかもしれないが、そんなにゴースト・タウンが存在していたというのはなんとなく不思議な感じた。しかし、そんな砂漠地域だから、人が通らなくなると商品なども入らなくなるし、農業するのも厳しく生きていられないからゴースト・タウンになるのかな。でも、街があったということは水もそこそこあったのだから、数人が生活し農業する分には十分な量があるのではとも考えてしまうが、まあストーリーとは関係ないからどうでもいいことではあるけど、妙に気になってしまう(苦笑い)。
 ギリシア人傭兵部隊は王弟キュロスの名声や徳望、それから気前の良さに惹きつけられ、彼の下に1万人以上が集った。はじめはペルシア大王相手に戦争するとは聞かされてなく、内陸に進撃している途中に、傭兵部隊の中からペルシア王に向かって進撃しているのではないかと疑念が生まれ、大王に向かい進撃することを拒否する態度をとったが、なんとかその場は誤魔化し、月給を1・5倍にすることでとりあえずは手打ちにして、キュロスに従う。その後キュロスが王を討つという目標をギリシア傭兵隊に明かしたときも、再び進軍をためらったギリシア軍を成功報酬でなだめつつ兄王に向かい進軍していた。
 そして大王軍との会戦の際に、キュロスの近衛部隊と大王の近衛部隊の戦闘となり、そこでキュロスは王自身に手傷を負わせるも敗死した。
 キュロスが亡くなった直後にギリシア傭兵軍は、キュロス側の副将だったアリアイオスをトップに立てて大王郡と決戦をして、彼を王位に立たせようという目論見をアリアイオスに伝えたが、アリアイオスは自分より身分の高いペルシア人が多数いるため不可能なことを返答してきた。
 その後ギリシア軍は大王軍と休戦協定を結び、当時ペルシアで最も勢力がある将軍であり、キュロスとも直接に敵対していた将軍ティッサペルネスの軍隊に監視されながら、国外へと行軍しはじめたが、その帰途においてティッサペルネスの謀略によって指揮官5名隊長20名が弑殺される。またキュロス軍の副将であったアリアイオスが大王側に寝返ったこともここで判明する。しかし巻2第6章で、ここで殺された指揮官たちの人物評が書かれているが、それぞれ詳細で人物のイメージのしやすくとても面白い。
 しかし休戦協定を結んだ際に、ペルシア側がわれわれが市場を提供できなかったら食料と飲み物を奪ってよいと発案しているのは時代だなあ。
 その出来事で指揮官や隊長が多く殺されたことや、かつて友軍だったキュロス配下のペルシア軍も敵側に回ったことがはっきりとわかったことで意気消沈しているギリシア軍の面々に、今後の指針を決めることを提案するなど、自らも案を出しリーダーシップをとりはじめたのがこの本の著者でもあるクセノポン。
 その後、ペルシア軍の幾度も続く攻撃に苦しまされ、迎撃しながら帰国の途を急ぐ。
 また、先回りして丘の上に布陣した敵に攻撃を加えるのに適した山の山頂があると気づいたギリシア軍は、その上の山頂を占めようとして行動を開始したが、相手もギリシア軍の意図に気づき競争となった。そのときにクセノポンは兵士たちを叱咤していたが、ある兵士が私たちは盾を持って疲れており、あなたは馬に乗っているのだから条件が平等でないと文句を言ったため、馬から飛び降りその男の盾を取り上げて、早足で歩き始めたが、騎兵用の胸当てをしていたということもあり、直ぐにペースが下がり、かえって行軍の邪魔になったので、他の兵士たちが最初にクセノポンの叱咤に反駁した男を殴りつけて再び盾を持って歩かせるように強いたので、再びクセノポンは馬上の人となり、行けるところまで馬に乗っていったというエピソードはその締まらなさがたまらなく面白い。
 2人の案内人に他に道があるかを尋ね、何も答えなかった1人を殺し、残った案内人は殺された案内人は行く先に嫁いだ娘がいるため知らぬといったのだが、私は駄獣でも通れる道を案内するといっていることには何ともいえない気分になる。
 ギリシア傭兵軍は、ペルシア軍の追撃をかわして領域外の山へと逃げ込めた後も、兵糧を調達するために恒常的に掠奪している、約1万人いる軍団なのだから当然のことだが、それらの土地土地の民たちとも戦うこととなる。
 それと本筋とは無関係だが、訳注にパンクラティオンは直訳すると、全力競技という意味だとあったが、それはちょっと面白かった。
 その後ギリシア人の沿岸都市まで来て、そこから海路でギリシアへと帰ろうとするが、全員が乗るのに十分な船が集まらず、結局陸路で行軍を続けることとなる。
 そうやって長い距離行軍してきて、危険が遠のいたということもあり不満が出始めたため、一旦ギリシア軍は三分されたが、ほどなくそのうち一隊が敵に攻撃され、攻撃されているところをクセノポンが率いる軍が助けたことで直ぐに合流を果たした。
 その後しばらくビュザンティオン(後のコンスタンティノープルイスタンブール)のそばで暮らしていたが、その都市の総督が変わったことで、いままでは病兵は憐れんで治療してくれたが、以後は都市に残留した者を悉く奴隷として売り払うという方針に変わった。
 そのためギリシア傭兵軍は以前から誘いがあったトラキアテセウスの下に行き、彼の下で傭兵働きをして、テセウスを王にまで押し上げた。クセノポンはテセウスと際者は良好な関係だったが、約束した報酬を払わないことを糾弾したため、テセウスと不仲となった。その後スパルタ軍がその傭兵軍を引き抜きにかかったときには、クセノポンに話を通さずに頭越しに兵士たちにその話を聞かせた。そして、その時点で約束された給料がきちんと支払われていないため、兵士たちは(セテウスの先導もあり)クセノポンを糾弾し、あやうく殺されかけたが事実を堂々と述べて、スパルタ人すらクセノポンの肩を持った。それでクセノポンが糾弾され、辱められる姿を身に来たセテウスとその腹心のギリシア人は、その矛先がこちらに来たと察して、慌てて馬に乗って逃げ出した。
 その後はスパルタ人に率いられ、他のギリシア人傭兵軍に編入して、ペルシアでティッサペルネスらとの戦闘に望もうとするというところでこの本は終結
 クセノポンは自分の利益を求めず軍のために最善の努力をしているが、自分だけ甘い蜜を吸っているのではないか等の誤解や中傷によって、理由なき指弾を受けて窮地に立たされるも、自身の立場を堂々と述べるその弁舌により、雨降って地固まるといった具合に彼が指揮を執ることになるということを繰り返す。
 しかし解説に自慢話、手柄話ととられるのを避けるために、三人称にしたのだろうと書かれているけど、三人称にしたことで途中から自分が司令官になるし、自分のことは書きやすいだろうからしょうがないにしても、自分周りのことが多く書かれているのがかえって自慢げに見えるきらいもある。それはしょうもない勘繰りだけど(笑)。だって、困難な行程で1万のギリシア軍を分裂させずに、事実上の司令官をやっていたという事実だけ見てもとても有能なのはわかるもの。