ゴールデン・ボーイ

ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)

ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

トッドは明るい性格の頭の良い高校生だった。ある日、古い印刷物で見たことのあるナチ戦犯の顔を街で見つけた。昔話を聞くため老人に近づいたトッドの人生は、それから大きく狂い…。不気味な2人の交遊を描く「ゴールデンボーイ」。30年かかってついに脱獄に成功した男の話「刑務所のリタ・ヘイワース」の2編を収録する。キング中毒の方、及びその志願者たちに贈る、推薦の1冊。

 実際には春夏が先だったようなのに、文庫版の発売日が秋冬のほうが早かったのを見て、そちらから読んでしまったが、恐怖の四季もこれで全部読了。まあ、それぞれ独立した短編で順番はあまり関係はないのだけれど。だからこそ前後して邦訳が発売されたのだろう。しかし読書メーターで確認してみたら「スタンド・バイ・ミー」を読んだのが、2年以上前だという事実には驚く。キングは有名だけどホラーが苦手なので読めていなかったが、この恐怖の四季がホラー作品でないことを知り、読んだが良かった、流石めちゃくちゃ世評の高い作家さんなだけあるわ。個人的には「スタンド・バイ・ミー」がピカイチに面白かった最高の青春小説、これ1作だけ抜き取れば今まで読んだ小説の中でも屈指に好き。そして「ゴールデン・ボーイ」は好みではないけど異様な迫力のある、すごい作品だ。
 「刑務所のリタ・ヘイワース」非常に有名な映画「ショーシャンクの空に」の原作なのだけど、有名なのは知っているけど映画は見ていないや。そもそも映画自体ほとんど見ないからなあ。しかし「図解 牢獄・脱獄」でデュフレーンがどうやって脱出したのかについて書いてあったので読んで知ってしまったから、どうなるのだろうという気持ちだったり、驚きを感じることができなかったのは残念だ。
 刑務所内のよろず調達屋が語り手となって、ショーシャンク刑務所内で伝説的な人物となった、冤罪で収監されたアンディー・デュフレーンの話を物語る。裁判中も刑務所に入れられてからも、普段と変わらない冷静さで行動しているのは格好いいね。まあ、その冷静さのせいもあって、冷静に妻と間男を処理したとみなされた結果、収監されてしまったようだが……。
 主人公であるアンディー・デュフレーンの事跡の語り手は、よろず調達屋だが、こういった刑務所内で物品を売り解しているような立場の囚人というのはなんとなくひかれるものがある。看守側もそうした商いをしていることは知っていても、あえて囚人の不満を高めても仕方ないから、危険なものでなければいくらか小額の媚薬の必要性もあるがノーチェックなのね。
 銀行家だった前歴を生かして、刑務官らに取引を持ちかける。最初は屋外作業中に、彼らが話していた遺産の税金についての愚痴に口を出して、税金をかからなくする方策を話して、自分が書類を作るから仲間たちにビールをくれと要求し、その要求が通った。そしてこのときのことが、後に所内で伝説的な場面として語り継がれるようになる。その後も彼は書類を作ったり、投資の話を聞いて上手い投資先をあてがうことで、彼は看守たちの庇護を得た。そうやって彼らの行為を得た後にデュフレーンは図書室の司書役となり、司書となってからは州当局に図書室の予算を増やしてくれるように毎週手紙を書いた結果予算が増額されて、一旦増額されると手紙も週二と増やして更に予算の増額を狙い、それを果たした。その代金のおかげで多くの図書を買ったことで、高校卒業の学力検定に合格した者を二十数名も出した。こういった少しでも環境をよくしようと地道に信頼を積み重ねていっているのは素敵だ。
 しかしそんな冷静な彼も、違う刑務所で自分が犯したとみなされ冤罪になった殺人を自分がやったと犯罪自慢で話している人間がいると知り、流石に冷静ではいられなくなり、盛んに運動を開始したが、良くも悪くも刑務所の人間と結びついてしまっていたから出すと自分たちの行跡をばらすのではないかと不安になり、もし彼がそうしたことと無関係でも彼奴らの性格からしてわざわざそうした彼の冤罪を訴える声に耳を貸さなかっただろうが、ともかく彼の自由を、自分の人生を求める悲痛な叫びに耳を貸さなかった、平素の冷静さを知るだけに彼の強い訴え、そしてそれが叶わなかったのは悲しいし、憤りを覚える。
 結局デュフレーンは刑務所に入ってから27年後に脱出することに成功する。今は死んだ友人が隠してくれた自分のいくらかの財産・株式、そして新たな自分の名前となる名義を取って国境を越える。
 結局脱出するときに穴を開けてそれをポスターで隠したというが下水とつながっているのだから臭いで気づきそうなものと思うのだが、最初は穴が小さかったから臭いも小さく徐々に広げたから、臭いになれてしまい違和感を覚えなかったのかな。あとは元からこの刑務所の臭いがろくなものではないという可能性も無きにしも非ずか。
 そして語り手は釈放後、長年刑務所に入っていたから上手くいかず、刑務所へのUターンもデュフレーンの自由への渇望を知っているから、その思いを侮辱することになるからそれもでいない。そうした鬱々とした気分でシャバの生活を送っているときに、かつてデュフレーンに聞いた財産の隠し場所に彼が掘り出しているが一度行って見ようと思い(つらい生活を一時でも忘れるための気分転換)、その場所を探しにその土地へ何度か行くと、例の場所を見つけ、そこで彼に当てたデュフレーンのメモを見つけ、そこで彼は希望(デュフレーン)を見出し、デュフレーンの待つ地へと赴くというところでこの話は終わる。
 「ゴールデン・ボーイアメリカの田舎に息を殺して密かに生活していた、うらぶれた老人となっていた元ナチスアウシュヴィッツの副所長ドゥサンダーをトッド少年が発見する。トッド少年は非常に頭のよい少年だが、彼はかの強制収容所のことを知り、それに魅了された。そんな彼がドゥサンダーを発見して、指紋などもとって(どうもそうしたものも彼が読んだ強制収容所関連書籍のうちの一冊に書いてあったようだ)本物だということがわかった。そこでトッドは強制収容所で起こった出来事についてドゥサンダーの口から聞きたいと彼を脅迫する。
 トッドは純真で穢れを、善悪を、知らない子供のように、あるいは善悪の区別をなんとも思わない狂人のように、強制収容所の出来事について強い関心を抱いている。関心を示した物事がことなれば実にほほえましい情景なのだが、関心を示したもののために歪んで見える。しかしトッドのそうしたことへの関心はあるいはドゥサンダーと出会わなければいつか自然に消えてなくなるような子供らしいグロテスクを好む性質、異常さへの傾倒からきたものだったのかもしれないが、彼は脅迫で自分の意のままに操れる人形を、そして歴史上の「本物」を手に入れてしまったことからその嗜好をいっそう強くなり、決定的に歪み、堕ちていってしまう。
 トッドは強制収容所の出来事、そこでナチスが行った行為の残虐性を喜んで、その行為の残虐性、そして尊厳を、人間社会の最低限のルールを踏みにじった圧倒的事実に美しさを見出し、それを心を浮き立たせながらそれらを読み、そしてドゥサンダーに聞いている。
 ドゥサンダーはトッドとの交流で神経をすり減らし、また蓋をしていた過去の行いが甦ったことで眠れない日々が続きやつれていった。トッドはドゥサンダーがうらぶれた老人ではなく立派な、想像通りのナチスの副所長然としていて欲しかったので、入れ歯を入れろと注意したり、ナチス風の制服を「プレゼント」として持ってきて着せたりしていた。しかしそういった行いがおびえる老人だったドゥサンダーをかつての姿へと、ナチスの亡霊という姿へと、少しずつ戻していく。またトッドはドゥサンダーを脅迫し、命令することで、かつての強制収容所の人間を相手にする刑務官のように圧倒的な力の前にひれ伏させる、命令の甘美な味を堪能している。
 ドゥサンダーはトッドとであって、彼に過去の話を言わされることで悪夢を良く見るようになり、眠れなくなった。そうしたときに彼は「プレゼント」されたナチ風の制服を身にまとうことで、今まで過去から抹消しようとしてきたかつての立場を一時的に・精神的に取り戻すことで、悪夢(自分たちが殺したかつての囚人たち)から逃れようとして、実際にそれを身にまとっていればしばらくは快眠することができた。しかしその悪夢はいったんは、止まったが、ナチス風の服という防御だけでは悪夢に惑わされないことは不可能で、犬猫殺し、浮浪者殺しにエスカレートしていった。彼は悪夢から逃れるだけの力をそうした行為をすることで得た。それと同時にそれは長らく世に潜んで目立たないようにしていた彼にとっては、おぞましく歪な充実した日々だったであろう。
 ドゥサンダーは彼の正体を知らない人間からは実に魅力的な人物と移っているという事実が恐ろしい。それがナチス時代の、身の毛もよだつほどの大罪人と言われる悪行をなした日々で会ってもなお、彼の性格は多くの人が魅力的に感じるようなものと同様だったことだろう。
 ドゥサンダーは、トッドとの関係が長くなることで自分の正体を世間に明かしたら、トッドのことも言うと逆に脅しを賭けられるまでになり、トッドのリスクは日を負うごとに増大して、力関係が変わっていく、トッドの本物であり、人形である存在から抜け出した。
 トッドは彼の話を聞いていくことで、好んで聞いているのではあるが、強く影響されて悪夢を見るようになり、彼も浮浪者を殺すことでその悪夢を押さえ込もうとする。
 トッドは相手の命を絶つことができるカードを持っていた、ドゥサンダーもトッドの人生を台無しにするような悪評をもたらすカードを手に入れたことで、良くも悪くも互いが互いの存在に強く縛り付けられることになった。互いのカードを記した文書を友人に、あるいは銀行に預けたという脅しをかけたことで、もしそうでなくても、ないことは証明できない(悪魔の証明)から、互いのその脅しの姓で相手を始末することもできない、互いから完全に離れることができないため、暗い深みへとはまっていった。
 二人の出会いは、ドゥサンダーの蓋された過去から悪夢と亡霊を呼び起こして、それを振りほどくために、そしてそれと同時にそれに魅入られたかのように、二人は各自浮浪者に対する連続殺人を繰り返していった。
 ドゥサンダーが病院に入院した折に、同質だった人間がかつてアウシュビッツに収容されていた人間だったことで、正体がばれ、彼は自殺する。そして彼の浮浪者殺しの痕跡も出てきたことなどもあり、彼と付き合いが深かったトッドへ疑いのまなざしが向く。そうしたなかでもう一人ドゥサンダーの正体を知ったかつての進路指導の先生で、トッドの成績が落ちたときにドゥサンダーがトッドの祖父と偽り、言いくるめた人間がドゥサンダーの正体を新聞で見てトッドの家に訪ねてくる、そのことで我が身の破滅を悟ったトッドは彼を撃ち殺し、今まで道路脇の外から見えずらい場所から銃で狙い撃つという妄想をしていて、収まりきらなかった自分の中の感情を収めていたが、ここにいたってその妄想を最後に実現させたことで、彼は射殺されて、この悪夢と狂気の物語は幕を閉じる。
 解説を読むと作者のキングは誰かの皮膚の下に食い込むような小説を書くこというのをひとつの目的としているようだ。そういう小説は苦手なので、彼の他の小説を読みたいとは思ったがあまり楽しめないかもしれないかもしれないとも思う。